第2話 襲撃。後輩。

 自分の部屋が、朝とは様子が違った。


 読み散らかした本は本棚に整然と並び、取り込んでそのままだった服はタンスに片付けられ、机の上もデスクトップパソコンも、埃も被らず綺麗だ。


 入学式の時間まで暇だった奏が掃除してくれたのか? 


「いや、違うな」


 俺以外の誰かが入ったらわかるように仕掛けたものはそのままだった。

 この違和感は……なんて考えながら、部屋を見回す。どこで感じた違和感だ……。

 ……あぁ、そうか。


 鞄を床に下ろして。椅子に座る。それはそうと、少し疲れたな。と思いながら目を閉じた。

 けれど。体はちゃんと反応した。


 クローゼットから飛び出してきた人影。首元に向けて突き出されるナイフ。

 大丈夫。俺は冷静だ。

 避けてもすぐに追撃される。それならば。

 手首を掴む。大丈夫。そこまで早くもない。力は俺の方が上。

 腹に拳を一発入れて、そのまま背負い投げ。関節を極めて取り押さえる。 


「目的は……お前、結愛?」

「覚えていてくれましたか。二年ぶりですね。あなたの後輩、萩野結愛です」


 取り押さえられながらも、嬉しさを爆発させたような声。

 体を解放する。でも、油断はしない。


 あの組織の人間なら、一般的な家なら普通に侵入できるし、俺一人を囲んで取り押さえて、どっかの海に沈めるくらいできる。


 いや、決して犯罪組織ではない。というか、そういう組織を取り締まるための組織ではあるが、それでも、何かしらの制裁が与えられる可能性がある。


 心当たりは無いが、変な疑いをかけられていないとも限らない。


 目の前に立ち上がる少女は、幼い顔立ち、眩しいまでの白い肌。髪を一本にまとめている。記憶の中にある姿そのままだ。

 任務用の黒い、動きやすさを重視された作業着を思わせる制服に、黒いマリンキャップを被っている。


「史郎先輩。警戒しないでくださいよ」


「そう言われてしない奴が今までいたか?」


「そうですね。その通りです。でも先輩。これから襲撃しようという人間が、ターゲットの部屋、掃除しますか? 警戒してくださいって言っているようなものですよ」


「だろうな。本の並べ方、奏がやったものじゃないってすぐにわかったし」


 奏は作者ごとにまとめるが。今の本棚の並びは、ジャンルごとにまとめられている。


 そこで掃除したのは別の人物という可能性に行きついた。


 結愛に見えるように紙片を摘まみ上げる。扉に挟んでいたものだ。開ければ当然落ちる。


「あとは、俺以外の誰かが入ったらわかるようにした仕掛けを、ご丁寧に戻すとしたら、組織の人間か、またはそれに準ずる存在が入ったと、示しているようなものだしな」


「どこの新世界の神かよ。なんて思いましたけどね」


「シャー芯とドアノブまではやってねぇよ。んで、休職中の俺をわざわざ訪ねて、何の用だ」


「簡単なことです。先輩。復帰を個人的にお願いしに来ました」


「……話だけ聞こう」


 場所をリビングに移す。

 カップを目の前で用意し、紅茶を同じポットから注ぎ、まず自分から飲む。


「そこまでしなくても、先輩の事、信用してますよ」


「二年前に組織を抜けた奴を信用するとか、特務分室の人間としてどうなんだ?」


「組織の人として、ではなく。先輩を、人として信用してますよ。私がコーヒーより紅茶が好きだって覚えていてくれた先輩を」


「そもそも、二年ブランクある奴を頼るとか、その組織大丈夫か?」


「そのわりに、私の奇襲、あっさり取り押さえましたよね。私、二年でかなり腕を上げたはずなのですけど」


「そもそもお前、後方支援専門だろ」


「元々入った時、基礎訓練はしましたし。志願してさらに訓練して、前線もできるようになったんですよ」


 そうか。変わったな、知らない間に。


 俺のバディとして、施設などに侵入する際、防犯システムを掌握、一時的に無力化し、その間に俺が侵入、目的を果たす。なんてことをしていた。


 カップを傾け、唇を湿らせる。


「俺なんかの力が必要になるほどカツカツって、どんな状況だ?」


「まぁ、簡単に言えば、先輩に無関係な話では無い、ということですね」


 居住まいを正す結愛に。意識が切り替わる。背筋が伸びる。


「朝倉志保さん。先輩の元カノさん、あの子、ヤバいですよ」


「ヤバいって、なんだよ」


「そうですねぇ。端的に言うと、狙われています」


「狙われている? どういうことだ?」


「これを確認してください。聞き終わったら」


「わかっている。室内で爆発物か……」


 耳にイヤホンを突っ込んで再生ボタンを押すと、音声データが再生される。


「……なるほど。めんどうだ」


「ちなみに、爆発はしなくなりました?」


「は?」


「まぁ、爆発する方がおかしいんですよ。もし町中でうっかり落として、無関係の人が見つけたら、大惨事です」


 手元の端末を確認すると、データが削除されていた。


「んで、俺にどうしろと?」


「護衛任務です。ちなみに、私も一緒です。が、少し入学手続きが遅れまして、来週からになります。なので、まずは先輩にお願いしたいと」


「ふーん。ん? お前、確か、今年で……中三、だよな」


「えぇ。まぁ、そこら辺の偽造は出来ますし。勉強に関しては問題ありません。目を付けられない程度の点数は取れます」


「そうか……」


 でも、俺は。


「俺は」


「普通の日常が。普通の生活が。まともな生き方がしたい。ですか?」


「……あぁ」


 俺が望むべきでないこと。でも。俺にそれを望んでくれた人がいる。 

 今俺は、その人を、裏切りたくはない。


「わかりました。無理は言いません。でも、警戒だけは、していてください」


 それから、結愛が帰って。


 部屋のクローゼット。その上の棚。一番奥。


 厳重に封した段ボールを開ける。


「……必要、だよな」


 黒いトランクケース。


 中身は、まぁ、物騒なものだ。


 大体の武器は組織に返したが。一部、自宅に保管していた。


「身に着けて行ったほうが、良いよな」


 これは、仕方のないこと。自分に言い聞かせる。

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