第63話 謁見
カイトの目の前には、見上げるほどの段差が切り立っていた。
あまりに巨大すぎて分かりにくいが、それは台座である。見るからに高級な石で造られた台座の上にはこれまた豪奢な椅子が鎮座しており、金銀宝石が散りばめられたその椅子こそがメック・アデケー王カイン三世の玉座であった。
王の謁見を待つ最中、カイトは固い表情で周囲を見渡す。
玉座の間には王家に仕える文官武官が立ち並び、一糸乱れぬ列を形成していた。無言を貫く騎士団がいると思えば、ひそひそと言葉を交わす官僚たちの姿もある。
「緊張していますか?」
カイトの右隣で、リーティアがにこりと笑っていた。
「そりゃあ……」
今のカイトの心境を表すのに、緊張という言葉は些か弱すぎる。一国の王に会うだけでも震えが止まらないのに、これから自身が異世界の勇者だと宣言しようとしている。ありえない。これが平静でいられるか。
「堂々としていろ。格好だけでもな」
左隣のクディカは、純白の鎧姿。腰に長剣を帯びている。
彼女の怪我はリーティアの治癒魔法によって幾分マシになっていた。鎧を着こめば負傷しているかどうかはほとんどわからない。頭部を集中的に治癒したおかげか、顔面の包帯も外れ、長い金髪も元来の美しさを取り戻していた。
二人の女性に挟まれているこの状況に、カイトは改めて肩を竦めた。どうして自分が中央なのだろう。役職を考えるなら、クディカがここに立つべきだろうに。
後方を一瞥する。家臣達の列の端にヘイスの姿がある。彼女は所在なさげに天井を見上げていた。無理もない。ここに通されてからもう三十分以上は経過している。
この緊張があとどれくらい続くのか。カイトは不満だった。王といっても、会いに来た人間を待たすのはよくないと思う。あるいはその感想自体、現代日本的な考え方なのかもしれないが。
ふと、ヘイスと目が合った。彼女はカイトに気づくと、嬉しそうに小さく手を振ってくれる。乾燥した心が少しだけ潤った気がした。
「国王陛下。ご光臨!」
台座の傍らに立つ大臣が、高らかに声をあげた。
この場に立つ文官武官、もちろんクディカやリーティアも含め全てが、跪いて床に右手をついた。頭を垂れ、左手は腰に。
カイトも同じ姿勢を取る。事前に教わった王族に対する礼法だ。
玉座の間に、重厚な金属音が鳴った。がしゃり、がしゃりと断続するのは、全身鎧が動く音。台座に刻まれた階段を上っているのだろう。
カイトの視界には赤い絨毯しか映っていない。それでも、台座の上に辿り着いたであろう王の威圧感を明確に感じ取っていた。
「表を、あげよ」
くぐもった男の声。
カイトは体の芯が震えるような錯覚に陥った。たった一言に、尊貴なる者しか持ち得ぬ厳かな響きが凝縮していたからだ。
恐る恐る、顔をあげる。
台座の上。玉座の前に、巨大な甲冑がそびえ立っていた。
シルエットは分厚く、太く、そして鋭い。真紅を基調とし、金彫りの装飾が施された厳めしい全身鎧。頭部を覆う兜に象られた竜は、今にも灼熱を吐き出しそうな生命の息吹を感じる。
特に目についたのは、腰に提げた幅広の大剣だ。カイトの身の丈はあろうかという刃渡りがある。あんなものを腰に帯びることができるのも、王の肉体が巨大であるが故だ。彼の背丈は、カイトの倍以上はあった。
あんな大きな人間が存在するのか。王が放つあまりの威圧感と存在感に、カイトは完全に圧倒されていた。
純白のマントを背負った王は、ゆっくりと首を動かして家臣団を睥睨する。そして、視線をクディカへと定めた。
「白将軍。此度はご苦労であった」
「はっ!」
クディカが立ち上がり、敬礼をとる。
「モルディック砦の顛末は聞いている。四神将の小娘にしてやられたと」
「面目次第もございませぬ。砦を失った責任はすべてこの私にあります故、どのような罰も甘んじて受けさせて頂くつもりです」
「よい。砦の陥落はもとより想定していたこと。貴殿は余の命を全うした。罰などあろうものか」
「寛大なお心に感謝いたします。しかしながら……王よりお預かりした数百の兵をも失ってしまいました」
「ならば、死んだ命を背負って生きよ。貴殿に与えられる罰があるとすれば、それは余ではなく灰の乙女によって下されよう」
「はっ」
クディカは今一度頭を垂れる。
王の視線はリーティアへと移り、次いでカイトに向いた。
「して、この者たちは何用で余との謁見を望んだか」
「私を含め、どうしても陛下にお許し頂きたいことがあり、参上した次第であります」
「申せ」
クディカの視線を受け、リーティアが立ち上がる。カイトもそれに倣った。
「私は宮廷政務官のリーティア・フューディメイムと申します。こちらはカイト・イセ。次代の、めざめの騎士であらせられます」
リーティアの発言に、場は騒然となった。官僚達は口々に驚きと戸惑い、そして疑いを漏らす。騎士達は静かにカイトに注目していた。
王が手をかざすと、再びの静寂が訪れる。
「続けよ」
落ち着いた声だ。王は寸分も揺らがない。
リーティアは一礼し、一歩前に進み出た。
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