第62話 幕間 三

 いつのことだったか。

 旅立ちの日は来るべきして来た。


「ようやく、ここまで来たか」


 世界にはついに黎明が訪れ、人の文明は大いに活気づき、自然には種々の生物が生を謳歌する。

 北方の森林地帯には魔族が発祥した。

 南方の大平原には獣人が。

 中央では既に人間が、大きな勢力を持ち始めていた。


「今頃は、どうしているのか」


 カイトの隣に、もう少女はいなかった。

 いつしか自身の使命を帯びて、世界の扉を開いていった。

 カイトにはそれを見守ることすらできない。

 彼女の導く世界を眺めて、その生き方をただ想像するしかない。


「まさしく女神、か」


 気の遠くなるような時を経た。

 それなのに、彼女はいつまでも少女のままだ。

 カイトも同じだ。精神は時に縛られない。

 今まさにこの身が果てんとしているのは、自身の内に灯る生命の輝きが失われてしまったから。


「世界が生まれた。命が育った」


 故に、朽ちる時が来たのだ。


「ネキュレー」


 名を呟く。


「愛すべき我が乙女よ」


 澄み渡った蒼穹に手を伸ばし、皴に囲まれた瞳を細める。


「もう一度キミに出会えるのなら」


 骨と皮だけになった頼りない手が、灰の粒子となって虚空へ溶けていく。


「いかなる苦悩の渦中にも、喜び勇んで飛び込もう」


 指先が散り、腕が綻び、脚が砕けて、胴体は砂のごとく崩れて舞った。


「それ以外に、方法はないのだろう?」


 辛い選択だ。

 けれど。


「至って、望むところだ」


 煌めく灰となって朽ちゆく最期。

 自分が自分でなくなっていく感覚は、耐えがたいほどに恐ろしいというのに。

 ああ、どうしてだろう。

 こうも清々しく、笑っていられるのは。

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