第37話 激突する炎 ①

 明らかに冷静さを欠いた、懸命な懇願だった。落ち着いて確認すれば、彼がすでに処置の施しようもない状態だとわかるはずだ。


「ボクを助けてくれたんですっ。みんなを、助けようとしてくれたんですっ」


「あなた……」


 脚に縋りついてくる兵士の頭に、リーティアは優しく手を置いた。


「私も同じ思いです。できることなら彼を救いたい。ですが肉体の損傷があそこまで激しくては、助かる見込みは――」


 そこまで言って、彼女はふと一つの可能性に思い至った。顔を上げてカイトの方を見やると、彼の首にかかる耐魔のタリスマンが陽光を受けて煌めく。


「試す価値は、ありますね」


 リーティアは心を定めると、強い眼差しを兵士に向けて頷いた。


「さあ、早く。彼を助けましょう」


「は、はいっ」


 改めて兵士を引っ張り上げる。二人乗りになった馬を走らせて包囲網の一部に合流したところで、リーティアは並走する一人の騎兵に指示を投げかけた。


「作戦を一部変更します。私が合図をしたら、敵の近くに倒れている黒い服の男性を回収してください。その後は計画通り、速やかに離脱します」


「はっ……は?」


 カイトの姿を目視して、騎兵は表情を驚かせた。


「回収とは、あの死体をですか?」


「まだ生きています。ですが猶予はありません。迅速にお願いします」


「了解。やってみます」


 話している間も、射撃による牽制は続いている。矢はソーニャにかすりもしないが、足止めが目的なのだから問題はない。


「あのさー。いつまで続けるの、これ」


 それはソーニャもわかっているようで、いい加減飽き飽きした様子だった。


「そろそろ終わりにしてほしいんだけど」


「言われずとも、そうします」


 馬をソーニャの方へ急旋回させるリーティア。その杖に、攻撃魔法の発動を表す紅蓮の輝きが宿った。


「今!」


 合図と共に放たれたのは、揺らめく火炎の砲弾。これが障壁を破るに十分な威力があることはすでに実証済みだ。

 予想通り、ソーニャは回避行動に移った。とん、と軽く地を蹴り、全身のフリルをなびかせて宙を舞う。外れた砲弾は一本の木に命中し、爆炎を巻いて周囲の草木ごとなぎ倒していった。


「当たんないってー。そんな見え見えの攻撃」


 頭を下にしてふわふわと宙に浮いたまま、ソーニャは溜息を吐く。


「さっきは不意打ちくらっちゃったけど、あなたの魔法はもうわかったから」


「ええ、そうでしょうとも!」


 リーティアは追撃を放つ。連続で撃ち込んだ二発の炎弾は、吸い込まれるようにソーニャに迫り、直撃。轟音をたてて派手な爆発を巻き起こした。


「だーかーらー」


 激しく拡がった爆炎の中から、ソーニャの呆れ声が響いた。


「無駄だって言ってるでしょーが」


 爆炎を斬り裂いてリーティアへ飛来したのは、輝きのない漆黒の火炎。姿形こそリーティアの炎弾に似通っているが、その色彩は闇そのものであった。

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