第38話 激突する炎 ②

 咄嗟に杖をかざして魔法障壁を展開するリーティア。闇の炎を正面から受け止める。ソーニャの炎は爆発を伴わず、輪郭を揺らめかせながら障壁を破らんと進み続けようとする。リーティアの障壁が、破壊に耐えるように何度も閃いた。


 魔力によって生み出される火炎。それは実際の炎ではなく、魔法術式によって生み出された破壊のエネルギーである。故に熱を持たず、水で消えることもない。マナによってもたらされた単純なエネルギーに、破壊という属性を与えた結果、炎の形をとって具現化しているのだ。

 闇の炎とリーティアの障壁は互いに相殺し合い、マナの粒子となって霧散する。


「へぇ。やるじゃない」


 ソーニャは素直に感心していた。先程の炎弾にしても今の障壁にしても、称賛に値する威力である。

 魔族とは、魔力の扱いに長ける故にそう呼ばれる。その中でも将軍の地位にあるソーニャの炎を防いだ事実は、リーティアが人並外れた術士であることの証左であった。


「このあたしと張り合えるなんて。人間のくせにすごいわねーあなた」


 ソーニャは、余裕の笑みでようやく大地に降り立った。

 対するリーティアは、額に汗を浮かべて荒い息を吐いている。


「えー、もう限界なの? 前言撤回。拍子抜けね」


 騎兵達の強化に、数発の炎弾。たったそれだけで魔力切れを起こすとは、惰弱に過ぎる。


「ほら、そんなぜーぜー言ってないで。もうちょっとくらい頑張れるでしょ?」


「残念ながら、ご期待には添えません」


 リーティアは挑発には乗らない。彼女は聡明だ。これ以上の攻撃が無意味であると理解しており、目的を忘れる愚も犯さない。カイトを抱えて去っていく部下の背中を視界の端に捉えると、彼女はひとまず安堵し、そして大きく息を吸い込む。


「撤退!」


 言うや否や、彼女は馬を転進させ、嘶きと共に駆け飛んだ。


「逃がすわけないっての!」


 ソーニャの対応は速かった。リーティアの行動は読めていたし、攻撃魔法の発動準備もすでに終えていた。

 だが、ソーニャとってはその先読みが仇となる。

 撤退命令を受けたはずの騎兵達は、あろうことかその進路を一斉にソーニャに向けていた。


「へっ?」


 四方八方から接近する十数の騎兵に、ソーニャは些か以上に虚を衝かれた。背を向けて逃げると思った敵が突撃してきたのだから、驚くのも無理はない。

 騎兵達は各々の武器を振るい、瞬時にしてソーニャに肉薄、巧みな連携をもって攻撃を加える。


 攻撃魔法を構築していた故に、障壁の展開は間に合わない。地を蹴って中空に逃れたソーニャだったが、待っていたとばかりに数発の矢が射かけられ、そのいくつかがドレスの裾やフリルを斬り裂いていった。


「あー! お気に入りなのに!」


 頬を膨らませたソーニャは、眼下にきつい視線を落とす。


「もー許さないんだから」


 構築した攻撃魔法の狙いを騎兵達に向ける。適当に放っても二、三人は消し飛ばせるだろう。彼女の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る