第36話 援軍到着 ②

「ま、しょーがないか。予定通り砦は落としたし、ぱぱっと片付けて帰りましょ」


 騎兵達はソーニャを取り囲む軌道を描き続けている。各々が武器を構え、いつでも攻撃に移れる状態だ。少し離れた位置にはリーティアがじっと控えている。

 ソーニャが警戒しているのはリーティアただ一人。強化されているとはいえ、その他の雑兵など取るに足りない。ソーニャは完全に興ざめしていた。


 一方リーティアの視界には、血だらけで息絶えた兵士や、辛うじて人間だったっと分かる亡骸が映り込んでいる。何故もっと早く駆けつけられなかったのか。沈痛な思いを隠し切れない。

 尻もちをついて動けなくなっている若い兵士だけが、唯一の生存者のように見える。


 しかしリーティアは、ソーニャの至近に何かを発見した。この国では珍しい黒い頭髪と、特徴的な意匠の着衣。


「あれは」


 間違いない。例の少年。カイト・イセだ。

 顔に被せられたハンカチが僅かに動いているのを見て、太めの眉がきつく寄った。


「そんな……あんな状態で、生きているというの?」


 なんという生き地獄。惨たらしいにも程がある。

 リーティアの感情が烈火のごとく燃え上がった。それは義憤というにはあまりにも苛烈な怒りである。


 敵を討て。非道な行いを許すな。

 そう叫びたい心を必死に抑えつける。


 作戦の目的はあくまでクディカの救出。ソーニャを包囲したのは、救出したクディカを安全な場所に連れていくまでの時間を稼ぐためであり、決して討伐のためではない。そもそもソーニャを討つには絶望的に戦力が不足している。

 ここは退くべきだ。兵を無駄死にさせるのは、指揮官として愚かな選択なのだから。


「弓! 撃ち方!」


 号令とほぼ同時に、数名の弓兵達が騎射を開始する。

 四方からショートボウによる連射を浴びせられたソーニャは、障壁の中であくびを押さえていた。飛来した矢の悉くは不可視の障壁に遮られ、地に突き刺さったりあらぬ方向へ飛んで行ったりしている。

 すでにリーティアは動いていた。馬を走らせ、生き残りの若い兵士のもとに駆け付ける。


「乗りなさい。早く!」


 兵士の腕を引っ張り上げるリーティア。だが兵士の腰は抜けており、思うように後ろに乗せられない。


「たすけて……たすけてください!」


「わかっています。ですから早く」


「違うんですっ!」


 兵士の視線は、死にゆくカイトに向けられた。


「あの人を、たすけてください!」

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