第35話 援軍到着 ①

 木々の隙間を縫って飛翔した火炎の砲弾が、闇色の巨人を正確に捉えた。

 直撃。爆炎が拡がり、衝撃の余波が周囲の枝葉をなびかせる。


「ちょっとなに!」


 この唐突な攻撃には、流石のソーニャも慌てふためいた。咄嗟に展開した魔法障壁が容易く貫かれたことも、彼女の平静さを欠く大きな要因となる。こんなことは彼女の長い人生において初めての経験だ。


 砲弾が飛来した方向を向いたソーニャは、騎乗し杖を構える女性の姿を見た。

 翡翠の髪と緋色の瞳。人間にしては特徴的な容姿のせいか、その顔と名は魔王軍にも広く浸透していた。

 リーティア・フューディメイム。


「捉えました」


 十数の騎兵を従えるリーティアは、身の丈ほどある杖で大地を打った。打点を中心に魔法陣が形成され、騎兵隊の足下を輝かせる。翡翠の光で描かれたのは、身体強化の効能を表すルーン文字だ。

 直後、騎士と戦馬がほのかな翡翠の光を纏う。


「突撃です!」


 鋭い号令。

 途端、十数の騎兵が鬨の声を唸らせて疾駆する。蹄鉄が土を叩き、重低音が土埃を舞い上げた。


「あはっ」


 ソーニャが相好を崩す。


「いいわいいわ! 面白くなってきたじゃない! わざわざこんな森に残った甲斐があったってもんよ! って……へ?」


 その気になったソーニャであったが、巨人の反応がなくなっていることに気付いて目を丸くした。

 先程リーティアが放った砲弾の仕業だ。大きく抉り取られた巨人の胴体。その断面から闇色の粒子と渇いた灰が零れていく。拳を振り上げた姿勢のまま、完全に活動を停止していた。


「ああっ。うそうそちょっとまって――」


 バランスを崩して後ろに傾いた巨人から、慌てて跳び降りるソーニャ。


「デュール殿!」


「はっ!」


 好機は逃さない。倒れ行く巨人に肉薄する騎兵が一騎。

 一人隊列から突出したデュールは剣を抜き、巨人の手首を斬り落とす。

 解放され宙に投げ出されたクディカを、デュールはしっかりと抱き留め、すぐさま反転。彼は早々に後方へと離脱した。


「今! 敵を包囲してください!」


 リーティアの声に応え、騎兵達が各々の軌道で疾走する。魔法によって強化された戦馬はまるで神話に語られる天馬のように軽快だ。縦横無尽に駆け回り、やがてソーニャを何重にも囲むような渦の軌道が出来上がった。


「むー。ちょっと深追いしすぎちゃったかなー。魔王様になんて言い訳しようかしら」


 塵となって消えていく巨人を眺めるソーニャ。その薄い唇から、蝶の羽ばたきのような溜息が漏れた。


「あーもー。つまんない」


 完全に包囲されて尚、彼女は自分が負けるとは微塵も考えていなかった。頭に浮かぶのは主君である魔王の、良心に訴えかけるような哀しげな表情だけだ。

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