第12話 二人の乙女!
最上階に設けられた作戦会議室で、クディカは大机に広げられた地図を見下ろしていた。金糸のようなロングヘアが、照明を受けてキラキラと輝いている。魔導の光が煌々と焚かれた室内は、深夜でも太陽の下にいるかのように明るかった。
「ふむ。どう動くのが正解か」
この砦を死守するための最善は何か。将校達と幾度となく討議を重ねたが、未だ答えは出ていない。
彼女はたった一人、不休で思索に耽っていた。いかにして攻めるべきか。いかにして守るべきか。いかにして、この戦いに勝つべきか。
「クディカ。まだここにいたのですね」
間仕切り幕をくぐって現れたのはリーティアだ。臙脂色の法衣を揺らして、クディカの隣までやってくる。
「籠城戦か。あるいは前回のように野戦に持ち込むべきか」
細い顎を押さえて、うわ言のように呟くクディカ。
「リーティア。お前はどう思う?」
問われて、リーティアも地図に目を落とした。
「定石は籠城戦です。固い城壁から矢と魔法による攻撃を延々と続ければ、それだけで敵は消耗し、かつ味方の損害を最小限に抑えられるでしょう」
「やはりそうなるか。個人的にはあまり好かん戦法だな」
彼女の声には溜息が混じっていた。
魔族は正面からの力比べを望むものだ。確かに籠城戦は有効だろう。
できることならば真っ向勝負を受けて立ちたいというのがクディカの信条だったが、勝つためには時として信念を捨てる覚悟も必要である。
「一つ、懸念があります」
「聞かせてくれ」
丸眼鏡の弦を上げて、リーティアが上品な唇を開く。
「このところ、敵側の動きがすこし妙だと思いませんか?」
「妙? そんな風に感じたことはないが」
クディカは眉を顰めた。最前線で指揮を取っている身で敵の異変を見落とすだろうか。だが、リーティアの言うことはいつも的を射ている。
「敵の数が少なすぎるのです。本気でこのモルディック砦を落とすつもりなら、もっと戦力を投入してもよいはず」
「戦いが始まってもう十日になる。敵も消耗しているのだろう」
長期戦となればなるほど、攻める側の不利も大きくなる。
魔族の主戦力は漆黒の魔獣だ。あれは魔王が生み出した闇の眷属であり、魔族の尖兵ともいえる。人間に対して数で劣る魔族は、それぞれが無数の眷属を与えられ、それらを従えて戦いに臨む。
リーティアが指摘した敵の少なさとは、この眷属の数を指してのことである。
「ご大層に魔王などと名乗ってはいても、生き物である以上魔力は有限だ。獣どもを無尽蔵に生み出せるわけでもあるまい」
「こちらにそう思わせる算段かもしれません」
「どういうことだ?」
いつになく鋭い口調で言葉を紡ぐリーティア。それほど重要かつ、真実味の帯びた懸念なのだろう。
「私には、敵が時を稼いでいるようにも思えるのです」
「何の為に?」
「そこまではわかりませんが、だからこそ警戒するべきでしょう。敵が策を巡らせている可能性は十分にあります」
「魔族が策を用いるか……にわかには信じ難いが、お前が言うならばそうなのだろうな。至急、皆にその旨を伝えよう」
「お願いします。それともう一つ。例の、カイトさんのことなのですが――」
その時、リーティアの言葉を遮り、遠雷のような地響きが轟いた。
それに続いて砦の警鐘がけたたましい音をあげ、クディカとリーティアが顔を見合わせる。
「敵襲! 敵襲!」
直後、歩哨の叫びが伝声管を通して砦全体を満たしていた。
「敵はこちらの都合など考えてくれんな」
クディカが勃然として口にする。
「リーティア。その話は帰ってから聞こう。今は、後ろを任せる」
「ええ。ご武運を」
腰の剣を握り、クディカは颯爽と戦場へ飛び出していった。
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