第11話 なんとかなるさ!
憂いのある、躊躇いのない声。
「えっと……冗談、ですよね?」
苦笑が漏れる。流石にそんなハードな展開は勘弁願いたい。
リーティアはゆっくりと首を振るだけで、気休めを口にしようとはしなかった。
「いやそんな」
自分が今どんな顔をしているのか、カイトにはわからない。だが、平静でないことだけははっきりしていた。
「死ぬったって……」
まさか異世界生活初日に余命を宣告されるとは思ってもみなかった。多少の苦労は覚悟していたけれど、こんな仕打ちは求めていない。
「事の重大さをわかって頂けましたか?」
リーティアの表情ははどこまでも真剣だ。嘘を言っているようには聞こえない。彼女の言う通り、カイトに残された時間は僅かなのだろう。
「いきなりそんなこと言われてもな」
実感が湧かない、というのが正直なところだ。
思えば、急に牢屋にぶちこまれて余命を宣告され、訳も分からず叱られている。どうしてこんな理不尽な扱いを受けなくてはならないのか。今更のように、カイトの中に沸々と怒りが込み上げてきた。
「どうか、危機感を持ってください。このままでは取り返しのつかないことになってしまうのですよ」
「だったらここから出してくれよ」
自分でも驚くほど刺々しい声が出た。自身の境遇に苛立ちを覚えるカイトは、リーティアの沈痛な面持ちの意味に思い至らない。
「私には、その権限がありません。ごめんなさい」
彼女は言い訳もせず頭を下げた。
何か文句を言ってやろうと考えていたカイトは、喉まで出かかっていた言葉をぐっと飲み込んだ。
ここでリーティアを責めるのは筋違いだ。それくらいはカイトにもわかる。
だが頭では理解できても、感情を納得させるのは難しい。
「近いうちに必ず解放させて頂きます。それまで、今しばらく辛抱をお願いできませんでしょうか?」
「嫌だって言っても出してくれないんだろ」
そう吐き捨てて、カイトはリーティアに背を向けた。
ふてくされているという自覚はある。けれど、そうする以外に心を守る方法を知らなかった。
「本当にごめんなさい」
リーティアはしばらくその場に留まっていたが、カイトが頑なにそっぽを向いたままでいると、立ち上がって腰を折った。
「また、来ます。あなたに乙女の加護のあらんことを」
小さな足音が遠ざかっていく。
突き放しておきながら、カイトはそれを寂しく感じていた。
なんと子供じみた、情けない振る舞いだろうか。
「くそっ!」
カイトは固い壁を叩く。冷たい石壁は、拳をじんじんと痛ませた。
聞きたいことはたくさんあった。異世界から召喚された人間を知っているかとか、この世界にあの女神の信仰はあるのかとか、マナ中毒を克服する方法があるのかとか。
頭の中にあったそれらの疑問全ては、いつのまにかどこかへ飛んで行ってしまった。
「ふざけやがって」
誰に対しての悪態か、自分にもわからない。
牢にぶち込んだクディカか。善人ぶったリーティアか。
こんな世界に送り込んだあの女神か。
それとも、無力な自身に対してか。
自らの焦燥を自覚して、カイトは力を抜いた。深呼吸を一つ。感情を整える。
「ま、いいさ」
主人公が惨めな目に遭うのは最初だけだ。少なくとも、カイトの知る物語にそれ以外の展開は存在しない。
「なんとかなるだろ」
楽天的な呟きは、自身への慰めに過ぎない。
首にかけられたタリスマンを握り締め、カイトは力なく床に倒れ込んだ。
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