第10話 地下牢にぶちこまれた! ②

 リーティアはゆっくりと、鉄格子際に置かれた丸椅子に腰を下ろす。ランタンを床に置き、空いた手を胸の高さまで持ち上げた。すると天井に向いた掌の上に、仄かに光るビー玉大の粒が現れる。


「これが、マナです」


 現れた光は翡翠のような鮮やかな緑であり、リーティアの髪色によく似ていた。


「おお」


 素直に感動した。幻想的な現象はCGで見慣れたと思っていたが、いざ本物を目の前にするとその感動は一味違う。


「魔法みたいだ」


「仰る通り。マナは我々が魔法を用いるのに不可欠なもの。大気中にあまねくマナは常に物質の内外を循環し、生物にとっては魔力の源となります。しかしながらいいことばかりではありません。マナが人体に有害な影響を及ぼす場合もあるのです」


「それがマナ中毒ですか?」


 リーティアは頷く。


「人は誰しもマナへの抵抗力を持っています。今は分かりやすくマナ耐性とでも呼びましょうか。もちろん個人差はありますが、普段の生活で中毒になることはまずあり得ません」


 そうは言っても、実際にカイトは中毒になった。


「あの場所のマナが特に濃かったとか?」


「確かに戦場ではマナ濃度が高くなる傾向にあります。けれど、普通の人間が影響を受けるほどではありません」


「普通の人間」


 カイトの鼻息が一瞬だけ荒くなった。


「もしかして俺は、その普通ってのに入ってない?」


「カイトさん。落ち着いて聞いてください」


 改まって、リーティアは真剣な表情で前置きする。


「あなたには魔力がありません。それはつまり、マナ耐性を持たないということ。強い弱いということではなく、耐性そのものがまったく存在しないのです」


 何か重大な宣告を受けたような気がした。しかしながらカイトがその意味をすぐ理解するには、マナに関する知識と心の準備が甚だ不足していた。

 というよりは、普通じゃないというその一点にしか興味がなかったのだ。


「特殊体質か。なんだかんだ言ってあるんじゃないか。そういうの」


 女神様も人が悪い。人じゃなくて神が悪いと言うべきか。


「笑い事ではありません」


 へらへらと笑うカイトを、リーティアが一喝する。


「マナに耐性がないということは、この世のありとあらゆるものが致死の猛毒であるのと同じなのです。タリスマンを失ったあなたは陸に打ち上げられた魚にも等しいでしょう」


 リーティアの神妙な表情が、事の深刻さを物語っていた。


「いいですかカイトさん。あなたはマナ中毒で命を落としかけたのですよ? その意味をもっとよく、しっかりと考えてください」


 どうして叱られているのか。


「そりゃまぁ、確かに死ぬほど苦しかったけど。こいつがあれば大丈夫って言ったじゃないですか」


 ペンダントをいじってみる。命を繋ぐアイテムっていうのも、なんだかそれっぽくてかっこいい。ようやく異世界転移っぽくなってきた。顔に浮かんだニヤニヤが消えない。

 剛毅か、あるいは愚鈍なのか。つい先刻感じた苦痛を、カイトはすっかり忘れていた。

 ランタンの光が、リーティアの痛ましい表情を照らしている。


「カイトさん。言いにくいことですが……隠しても仕方のないことなので、お話しします」


「その言い方、なんか怖いな」


 言いつつも、カイトの顔には未だ薄い笑みがあった。だがそれも、次にリーティアが発した言葉で凍りつく。


「そのタリスマンの加護はもって十日。短ければ一週間で、マナ中毒を退ける効力は失われてしまいます」


「……え?」


「率直に申し上げれば、それがあなたの余命なのです」

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