第41話 叫び
絶対安静と言われていたが、眠れぬ日明はじっとしていられず、次の日も、朝早くから隆史の様子を見に集中治療室に向かった。
何かが変だった。集中治療室が早朝なのに妙に人の出入りが激しく騒がしい。日明は胸騒ぎがして、室内が見えるガラスの前まで飛んでいった。
「何があったんだよ」
日明が叫ぶ。だが、誰もが忙しく動き回り、日明の声は届かない。
中の様子を見ると明らかに何かが起こっている。医師や看護婦が隆史のベッドを囲み、慌ただしく何かをしている。
「なんだよ。何が起こってんだよ」
だが、日明は、外から見守ることしかできない。
「くそっ、どうしたんだよ」
気がせくが、日明にはどうすることもできない。
「隆史っ、がんばってくれ。隆史っ」
日明はガラスに張り付くようにして、ガラス越しに祈った。
その時、急に今までの慌ただしさが嘘のように静かになった。
「なんだよ・・」
日明は呟く。
「なんだよ・・」
日明は、何かを感じた。それは冷たい絶望的な何かだった。
そして、集中治療室から、医師や看護婦がうつむき加減に出てきた。
「どうしたんですか。何があったんですか。隆史は?隆史は大丈夫なんですか」
「・・・」
しかし、医者も看護婦も何も言わない。みんな日明と目を合わせようとしない。
「どうしたんだよ。なんとか言えよ。何があったんだよ」
日明は暴れるように叫ぶ。
「何があったんだよ」
「・・・」
だが、みな一様にうつむいている。
「隆史は、隆史は無事なのかよ」
日明は医者に、とりすがるように迫る。
「隆史くんは亡くなりました」
医者が静かに言った。
「えっ」
日明の目の前が、真っ暗になって膝が震えた。
「つい先ほど、息を引き取られました」
「そ、そんな・・」
日明は震えた。
「うあああっ」
「あっ、ちょっと」
日明は医者や看護婦を突き飛ばすようにして集中治療室に入って行った。走る日明は、足がもつれ、自分の体が自分の体じゃないみたいにふわふわとしていた。
「隆史っ」
眠ったように目を閉じている隆史が、そこに横たわっていた。
「隆史っ、隆史っ」
日明はその横たわる隆史に呼びかける。小さい頃からそうしていたように、日明は隆史の名を呼んだ。しかし、いつものように帰って来る、あの隆史の声は帰っては来なかった。
「隆史っ、隆史っ」
だが、日明は呼びかけ続ける。
「隆史っ、隆史っ」
狂ったように日明は呼びかけ続けた。しかし、隆史が目を開けることはなかった。
「嘘だぁ~」
日明は顔を突き上げるようにして叫んだ。
「隆史~、隆史~」
日明は叫び、ベッドに横たわる隆史を覗き込み、肩をゆすった。まだ、本当にただ寝ているみたいだった。
「隆史~」
日明は叫んだ。しかし、やはり、隆史が目を開けることはなかった。
「うわぁ~」
日明はベッド脇に泣き崩れた。
「うわぁ~」
「・・・」
周囲を囲む医療関係者たちは、どうすることもできず、そんな日明と隆史を黙って見つめることしかできなかった。
隆史は冷たくベッドに横たわっていた。それはもう、何があっても決して変わることのない絶対的な死だった。
「うわぁ~、うわあ~、たかふみ~」
日明は泣き叫んだ。日明のその吠えるような泣き叫ぶ声が、静かな病室いっぱいに響き渡る。その慟哭が、何とも言えない悲痛な痛々しさをその場にいた人間のすべての心に突き刺した。
この日、隆史は死んだ。そして、その日、東岡第三の、決勝の出場停止が発表された。日明と隆史の夢も、二人の下から流れ、消えていった。
いつか失った夢の名残り 第1章(高校サッカー篇) ロッドユール @rod0yuuru
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