第39話 献血
その時、集中治療室の中が、何やら急に騒がしくなった。
「隆史がどうかしたのか」
日明が、慌てて近くの看護婦に詰め寄り、大きな声を出す。
「どうかしたのかよ」
日明は興奮し、その看護婦に顔を近づけ、掴みかからんばかりに迫る。しかし、その看護婦だって中のことはよくは分からない。戸惑うしかなかった。
そこに、集中治療室から看護婦の一人が何か慌てて飛び出すように出て来た。
「どうしたんだよ。何があったんだよ」
日明が今度はその看護婦に詰め寄る。
「血が足りません」
「血?」
「輸血の血が足りないんです」
「俺の血を採ってくれ」
日明がすかさず言った。
「あなたは何型ですか」
「Bだ」
「足りないのはAB型です」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「誰か献血してくれる人を探してください」
日明は、それを聞くか聞かないかのうちにもう走り出していた。
「お、おい」
日明の背後で日明の担当医が声をあげた。しかし、日明は、その声も聞こえていないみたいに、その勢いのまま病院を飛び出して行った。
日明は、学校まで飛んで行くと、授業の真っ最中だった自分のクラスの教室に飛び込むようにして入った。そして、叫んだ。
「血をAB型の血液が足りないんだ。お願いします。献血をしてくれ。お願いします」
普段からあまり教室にもいない、突然現れた頭に包帯を巻いた日明に、同級生たちは驚いた。教室中が何とも言えない、凍りついたような静けさに包まれる。詳しいことはまだ知らなかったが、同級生たちはなんとなく日明の起こした事故のことは噂で知っていた。
「お願いします。湖畔病院です。お願いします」
しかし、そんな空気になどかまっていられない日明は、同級生たちにさらに頭を下げた。授業をしていた教師も日明の勢いに何も言えない。教師はもちろん日明の事故のことは知っていた。だが、日明の訴えていることの内容も内容だっただけに教師も止めることは出来ず、そのまま日明に言わせるだけ言わせていた。
その後も、日明は一年生から三年生まで、他のすべての教室も同じように回って、頭を下げまくった。今まで人に頭など下げたことのない日明が、プライドもクソもなく、同級生や上級生に必死で頭を下げまくった。
「お願いします。湖畔病院です。時間のある人はお願いします。AB型です。血が足りないんです」
自分ができることは、すべてやりたかった。今はとにかくじっとしていられなかった。
「・・・」
やれることはやりつくし、日明は力尽きたようにとぼとぼと一人病院に帰って来た。
「隆史の状態はどうですか」
日明は再び、隆史のいる集中治療室に行くと、近くにいた看護婦に訊いた。
「まだ、分かりません」
看護婦の表情は暗い。
「・・・」
日明は、一人ガラスの向こうのベッドに横たわる隆史を見つめた。
「隆史・・、助かってくれ・・」
日明は祈るような気持ちだった。
「どこ行ってたんだ」
声を掛けられ、振り向くと、そこに日明の親戚のおじさんが立っていた。
「うん・・」
このおじさんは、日明の父の兄で、小さい時からいつも腕白な日明の味方になってやさしくしてくれていた。大企業の重役をしていて、品があり、紳士然としていて、金銭的にも精神的にも日明を支えてくれていた。今は海外にいる両親に変わって親代わりのようになっていて、実の父よりも頼れる存在だった。
「学校に行ってたんだ。献血を頼みに・・」
「そうか」
そして、それ以上の言葉もなく、沈黙が流れた。
「隆史くん助かるといいな」
「うん・・」
おじさんは相変わらずやさしかった。すべての事情を知っているはずなのに、怒ることもなく、日明を責めることもなかった。でも、逆にそんなやさしさが今の日明には辛かった。
「あなたいいお友だちを持ったわね」
その時、いきなり年配の看護婦がそう声をかけてきた。
「えっ?」
日明はなんのことか分からない。
「あなたの学校の生徒が大勢来てくれているわよ」
「えっ」
日明は慌てて、一階の外来待合室に行く。そこには次々とまだ学校は終わっていないはずなのに、同級生や、それだけでなく他のクラスの生徒たちも大勢来てくれていた。
「ありがとう。ありがとう」
日明は、その一人一人に頭を下げながら、その来てくれた生徒たちを一人一人採血する部屋へ案内した。
「山田・・」
日明がふと顔を上げると、その中に山田が立っていた。
「僕・・、AB型だから・・」
「山田・・、ありがとう」
日明は山田にも手を握り深く頭を下げた。そこに隆史の担当の医師がやって来た。
「先生、助けて下さい。お願いします」
日明は、その隆史の担当の医師に頭を下げた。
「隆史を、隆史を助けてください。お願いします」
「これだけの子が献血してくれたんだ。私もがんばるよ」
医師はそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
再度、日明は医師に深々と頭を下げた。
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