第38話 見つめる天井

「・・・」

 気づくと日明はベッドの上に横になっていた。薄っすらと白い天井が見える。

「俺・・」

 意識が戻っても、日明はしばらく意識と記憶がはっきりしなかった。自分がどこにいて、どういう状況なのか、まったく分からなかった。頭にもやがかかったように、頭が回らない。

「俺・・」

 日明は、ぼーっと天井を見つめた。ベッドの周囲に誰かいるのが分かった。その人たちが何やら騒いでいる。

「・・・」

 なぜか親戚のおばさんがいる。見た顔だった。しばらく会っていないのに、なぜこんなところにいるのか日明は不思議に思った。看護婦もいる。そのことでここが病院だということがなんとなく分かった。でも、なぜ自分が病院にいるのかは分からなかった。

「先生」

 誰かが、入って来た男をそう呼んだ。その男が、日明の枕元に立つ。

「意識が戻ったね」

 その男は医者らしかった。医者は日明の目や、胸の辺りを触り何かを見ている。

「・・・」

 しかし、日明の意識は混沌としていてはっきりとしなかった。

「日明くん、日明くん」

 その男が、顔を近づけ日明にしきりと話しかける。だが、日明は、何だか夢の中を漂っているような心地だった。世界がほわほわとしてなんだかよく分からない。

「意識は戻りましたが、まだ、意識の混濁があるようです」

 医者は、誰かに説明している。

「・・・」

 日明は天井を見つめ続けた。学校の天井と同じ、黒いまだらの模様の入った石膏ボードだと、そんなどうでもいいことを漠然と考えていた。

「俺・・」

 日明は、天井を見つめ続けた。

「!」

 その時、突如として何かの線がつながり、日明はふいに起き上がった。

「隆史!」

 その時、すべての記憶が戻り、助手席に乗っていた隆史のことを思い出した。

「隆史は?」

 日明が、すぐ横にいた看護婦を見る。

「・・・」

 だが、誰もが目を反らし、何も言わなかった。

「隆史・・」

 日明が呟く。

「隆史!」

 布団をはねのけ、日明は慌ててベッドから起き上がった。

「うっ、いてて」

 床に足をつけたとたん、胸と足に強烈な痛みが走った。

「まだ、安静にしてください」

 看護婦が慌てて、そんな日明を制止しようとする。

「隆史は?」

 日明は再び看護婦を見る。しかし、看護婦は答えにくそうに顔を曇らせるばかりだった。

「隆史はどうしたんだよ」

 日明は堪らず叫んだ。

「・・・」

 しかし、看護婦や他の人間は何も答えない。

「日明ちゃん、落ち着いて、ねっ」

 日明の親戚のおばさんが日明に声をかける。海外にいる両親に変わって、日明の面倒を見てくれている人だった。

「どこだ隆史はどこだ」

 しかし、日明は立ち上がって歩き出そうとする。

「ダメです。まだ」

 看護婦が今度は二人係で制止しようとする。だが、日明はそれを振り払うようにして、足を引きずりながら、そのまま病室を出てしまった。

「隆史っ」

 日明は足をひずりながら病院の廊下を歩き、叫ぶ。

「日明くん、落ち着きなさい」

 医者と看護婦が、そんな日明を追いかけ、必死で止めようと横から説得する。

「隆史はどこなんだよ」

 日明は、その医師に食ってかかるように叫んだ。

「隆史はどこだ」

 何も答えない医師に日明はさらに叫ぶ。

「どこなんだよ」

 今度は看護婦の方を向き、ものすごい剣幕で叫ぶ。

「どこなんだよ」

 日明の剣幕に、看護婦が医師の顔を見た。医師が仕方がないといった顔でうなずいた。

「一目だけですよ」

 そう言って、日明を促すように歩き出した。

「・・・」 

 日明は黙ってその後ろに従った。


「隆史・・」

 辿り着いたのは集中治療室だった。ガラスの向こうのそこには様々な管に繋がれた横たわる隆史がいた。

「隆史~」

 日明は叫んだ。

「隆史~」

 そして、日明は目を固くつぶりうなだれた。

「隆史は?隆史は?」

 そして、日明は、今度は医者に掴みかからんばかりに迫った。

「隆史は助かるんですか」

「・・・」 

 医師は日明から目を反らし黙った。

「隆史は・・」

「まだ分かりません。ただ、かなり厳しい状態です」

 医師は毅然として重い口を開いた。

「・・・」

 日明は歯を食いしばり、拳を握った。そして、その場に膝から崩れ落ちた。

「うううっ、隆史・・」

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