第37話 裏道
「おいっ、どこ行くんだよ」
隆史が日明を見る。帰り道、来た道をそのまま下っていた日明が、突然、右に曲がり、脇道に入る。
「こっちが裏道なんだ」
そこは細い山道だった。そこは外灯はなく、一応舗装はされていたが狭い荒れた道が続いてゆく。
「大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。すべて俺に任せなさい」
日明はスピードを緩めることなくそのままかっ飛ばす。夜の山の静寂をシルビアの直管マフラーから吐き出される爆音が切り裂く。
「なんか、幽霊とか出そうだな」
隆史が窓の外を見つめる。辺りは真っ暗だった。周囲を囲む森の木々の間は漆黒の闇で、その先は寸分の先も見えない。そこに見えるのは、ほの暗い月明かりに照らされた森のシルエットと、目の前の車のライトだけだった。
「まあ、イノシシは出るな」
日明が言った。
「マジかよ」
「ああ、普通に出るな」
「大丈夫なのか」
「あっちの方が逃げてくよ」
「そうか」
「お前は心配し過ぎなんだよ」
「ふあああ~」
その時、隆史が大きくあくびをした。
「なんだよ、もう眠いのかよ」
時刻はまだ九時を回ったばかりだった。
「俺は十時就寝だからな」
「マジかっ」
驚き過ぎて、目を剥いた日明が直角に隆史の方に首を向ける。
「マジだよ。そんなに驚かなくてもいいだろ」
「お前の真面目さもついにそこまで行ったか」
「睡眠は大事なんだぞ」
「そうは言っても、お前十時て、小学生じゃねぇんだからさ」
「大人も子どもも関係ねぇ。人間は暗くなったら寝るんだよ。十時だって遅いくらいだ。俺は九時に寝る日もある」
「九時!何言ってんだよ。九時なんて、まだまだこれからって時じゃねぇか」
日明はさらに驚く。
「でも、俺は寝るんだよ」
だが、隆史は断言するように強く言い切った。
「そこまで行くと、尊敬したくなってきたよ」
日明が呆れたように言う。
「あっ」
そこで、隆史が突然声を上げる。
「今度はなんだよ」
日明が驚く。
「宿題」
「いいだろそんなもん」
「よくねぇよ。あ~あ、どうしよう」
「まったくお前は、こんなとこまで来て宿題の心配かよ」
「まっ、いいか、明日の朝やろ」
「朝て」
日明が前を向いたまま目を剝く。
「五時ごろ起きればできるだろ」
「五時起きて、お前は老人か」
日明がツッコむ。
「まったく、お前の真面目さは年々酷くなるな」
日明がため息交じりに言う。
「そうか、じゃあ、まあ、お前のために、お前のベッドまでかっ飛ばしてやるか」
だが、日明は気を取り直しそう言うと、ギアを入れ直し、思いっきりアクセルを踏んだ。
「頼むぜ」
隆史が言った。
「おうっ、まかせとけ」
シルビアはさらにスピードを上げ、山の中の一本道を下る。
「どっちみちこの後、この車返しに行かなきゃいけねぇからな」
「そうなのか」
「ああ、先輩の愛車だからな。今日一日借りるだけでも大変だったんだ」
「金かかってそうだもんな」
「改造費だけで三百万だってさ」
「マジか」
「ああっ、ぜってぇぶつけんなって何度も念押しされたよ」
「そりゃそうだろうな」
「あ~あ、めんどくせぇな。返しに行くの」
日明は、そのことを考えるととたんに憂鬱になった。単調な一本道を運転するのもなんだかだるくなってくる。山道は同じような景色で飽きも来ていた。
「あっ」
その時、突然道路脇の暗闇から狸が飛び出してきた。日明は思わずハンドルを左に思いっきりきった。
ガ~ン
ものすごい衝撃音と共に、日明の目の前は真っ暗になった・・。
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