第36話 辿り着いた場所で

「ここにお前を連れて来たかったんだ」

 日明が言った。

「・・・」

 隆史は辺りを見渡す。そこは駐車場だった。観光地用の休憩用兼、景観を見るための、大型バスなども止められるだだっ広い駐車場だった。この峠のさらに先には白鳥湖という観光地があり、この駐車場は、そこへ行く途中の休憩場所みたいな所だった。だが、深夜で車は一台も止まっていない。昼間は多くの観光客と車で賑わうその場所も、真っ暗で不気味なほど静かだった。

 そのだだっ広い駐車場を突っ切って、シルビアはその奥の端まで行く。

「さあ、着いたぜ」 

 日明は、駐車場の端まで来ると車を止め、エンジンを切る。二人はドアを開け、車を降りる。

「いてて」

 隆史は長時間のドライブでいたんだお尻をさすりながら車から降りる。スポーツカーは、走り安さ重視なのでサスペンションが固く、乗り心地は最悪に悪い。それに長時間乗っていたせいで、あちこち痛い。

「おいっ、こっちだ」

 駐車場の端のさらに端の、柵のある方へ日明は歩いて行く。隆史も日明に導かれるままにそちらの方について行く。

「見ろ」

 駐車場の端の柵の前まで来ると、日明が遠くを指さし言った。

「おおっ」

 隆史が声を上げる。日明の指の先には、真っ暗い山と山の間から、日明と隆史の住む町の夜景が煌々と瞬いていた。その駐車場の端からは、日明たちの住む町が一望できた。

「すげぇな」

 隆史が感動の声をあげる。

「だろ」

 日明がどや顔で言う。

「上を見ろ」

 そして、今度は日明は上を指さした。

「おお、マジか」

「いいだろ」

 真っ暗な夜空に溢れんばかりの星が瞬いている。その下では、月夜に照らされ青白く広がる森が、霧に霞んで幻想的な景色を広げていた。

「すげぇな」

 隆史はそれ以外に言葉もなく、その景色に見入った。

「よくこんなとこ知ってたな」

 隆史が日明を見る。

「まあ、ちょっとな」

「お前もこんなロマンチックな感覚あったんだな」

 隆史は再び星を見上げる。

「お前、怒るぞ」

「はははっ、わりいわりい」

「お前は、ちょくちょく毒吐くよな」

 日明が、不満げに言う。

「まあ、いつもは女と来るんだが、今日はお前だ」

「どうした風の吹き回しだよ。なんか気持ちわりぃな」

「なあ、覚えているか」

 突然、日明が言った。

「何をだよ」

「中学ん時さ、毎晩、俺のうちの近くの小学校の校庭でサッカーやってただろ。みんなで集まって」

 日明たちは、中学時代、部活が終わった後、一旦家に帰り夕飯を食べた後、再び日明の家の近くの小学校の校庭に集まって、毎晩ボールを蹴っていた。

「ああ」

 隆史が答える。

「あん時、帰りにいつもセブンに寄ってさ」

「ああ、そうだったな。お菓子とかジュース買ったりして、その後その脇で夜中までだべってたな」

「そう、そん時さ、仮面ライダーのフィギュアがおまけのお菓子があってさ。その中の仮面ライダーアマゾンてやつがなんかみんな急に欲しくなってさ。みんなで次々買うんだけど、全然出ねぇの。他の種類のライダーばっか」

「ああ、あったなそんなこと」

「そんで金なくなってさ、そん時、一緒にいた古谷が金出しておごってくれてさ。でも、出ねぇんだよ」

「そう、結局買占めちまったんだよな」

「そう、それでも出ねぇの」

「結局アマゾンの入ってるのが、一個もそこになかったというオチな」

「そうそう」

 二人は笑った。

「あん時さ、なんであんなに仮面ライダーアマゾンが欲しかったんだろうな。あの後全然、うちらの中で話題にもならなかったし、セブン行っても誰も買わなかったよな」

「はははっ、そうだったな。そういえば不思議だな」

 二人は笑った。

「・・・」

 そして、二人は黙った。

「いよいよだぜ」

 日明が言った。

「ああ」

 その一言で、隆史は、日明がここに連れてきた意味と、今言わんとしていることのすべて分かった。

「お前がパス出して俺が決める。そして、俺がモテる」

「ははははっ、なんだよそれ」

「何人かはお前に回してやるからな」

「だから、俺には亜希がいるっつってんだろ」

「まあまあ、たまには違う女抱いてみろ」

「俺は一途なんだよ」

「ほんとにお前は退屈な男だねぇ」

「お前と違って浮気はしねぇんだ」

「博愛と言って欲しいね」

「よく言うよ」

 そして、二人は再び笑った。

「あと一勝だな」

 日明がいつにないまじめな顔で言った。

「ああ」

 隆史が答える。

 県大会決勝まで一週間を切っていた。

「あと一勝で全国だ」

「ああ」

 二人は遠く自分たちの住む町の明かりを見つめながら震えるように、興奮していた。今現実に目の前にある夢の入口。そこに二人は立っていた。あまりにも夢を見過ぎていたせいで、現実感はなかったが、だが、それは現実だった。

「ぜってぇ、行くぜ。全国」

 日明が力を込めて言った。

「ああ」

 日明がこれだけ気合が入っていれば絶対に全国に行ける。隆史はその時、確信した。

「二人で国立だぜ」

「ああ」

「そして、俺たちはプロになる」

「俺もか」

 隆史は日明を見る。

「そうだ。俺だけじゃねぇ。お前もだ」

「お前の夢はでけぇな」

「あったりまえだろ」

「よしっ、じゃあ、俺もプロになる。ブラジルに行ってプロになる」

「よしっ、よく言った」

 そして、二人は笑った。何がそんなに面白いのか分からなかったが、とにかく二人は腹が裂けるほどバカになって笑った。

「俺たちはプロになるぞぉ~」

 日明が町の明かりに向かって叫ぶ。

「おお~、プロになるぞぉ~」 

 そして、隆史も叫ぶ。

 二人のバカ笑う声が、満天の星空の下、夜の静かな駐車場いっぱいに響き渡った。

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