いつか失った夢の名残り 第１章（高校サッカー篇）

第35話 峠道

　日明の運転するシルビアは、曲がりくねった峠道をレースカー並みに爆進して行く。

「おいっ、ちょっと、飛ばし過ぎじゃねぇのか」

　さすがに、あまりのスピードに隆史が堪らず叫ぶ。

「すげぇ、めっちゃ重心が安定してる。カーブがめっちゃいい感じ」

　しかし、シルビアの運転に慣れ、峠の急カーブにさらに興奮している日明は、スピードを緩めようとはしない。

「足回りがめっちゃ固いわ」

　それどころかさらにコーナーを攻める。曲がる度に、タイヤが軋みを上げ、キリキリと滑る音が鳴った。

　しかし、日明はやはり、運動能力と動体視力が常人よりも高いのだろう。ものすごいスピードを出しながらも、安定して峠の急カーブをきれいに曲がっていく。

「俺Ｆ１ドライバー目指そうかな」

「何言ってんだよ」

「日本のアイルトン・セナ」

「バカ言うなよ」

　そこに、トラックが前方に走っているのが見えて来た。上りではトラックは遅い。あっという間に日明の運転するシルビアは追いつく。

「おせぇな早く行けよ」

　日明がイラつく。だが、登坂車線はまだまだ先だった。日明はアクセルを踏んだ。そして、ハンドルを大きく切る。

「おいっ」

　隆史が叫ぶ。日明は対向車線に出て、そのままトラックを抜き去った。

「おせぇんだよ」

　バックミラーの中で、みるみる小さくなっていくトラックに向かって日明は叫ぶ。

「おいっ、危ねぇ運転はやめろよ」

「大丈夫だよ。俺の運転技術を信じろ」

「・・・」

　そこにまたシルビアの前方に乗用車が現れた。

　日明は、再び対向車線に出て、アクセルを思いっきり踏み込むと前の乗用車を抜き去った。

「おいっ」

　隆史がまた日明に向かって叫ぶ。乗用車はトラックよりスピードがあり、それはかなり強引で危ない運転だった。

「何人たりとも俺の前は走らせねぇ」

　当時、売れていたＦという漫画の主人公のセリフを日明は言う。

「何言ってんだよ」

「マジでサッカーやめてＦ１ドライバー目指そうかな」

「お前なぁ」

　さすがに隆史も顔をしかめる。

「やっぱいいぜ。この加速」

　だが、日明はシルビアの加速とスピードに興奮していた。

「おいっ」

　その時、いきなり日明が、助手席をチラリとみて怒鳴った。

「なんだよ」

　隆史は驚く。

「ゴミを車内に置くな」

　日明が、隆史が食べ終わったゴミをまとめて袋の中に入れ、それを脇に置く様子を見て言った。

「はい？何言ってんだよ」

　隆史は訳が分からない。

「車が汚れんだろ」

「は？」

「ゴミは外に捨てんだよ」　

　そう言って、日明は自分の食べた空き袋やカスをポンポン窓から外に捨てる。

「お前それはダメだろ」

　隆史が驚き、慌てて言う。

「いいんだよ」

「ダメだろ、それは」

「大丈夫だっつうの。お前はいちいち真面目なんだよ」

「環境のことを考えろ」

「大丈夫、母なる自然が浄化してくれるから」　

　日明は澄まして言う。

「しないだろ」

「自然の力を信じろ」

「そういう問題じゃねぇ」

　しかし、日明は、隆史が脇にまとめて置いていた食べ終わったゴミの入った紙袋を左手を伸ばし、むんずと掴むと運転席の窓からポイっと捨てた。ゴミは、すぐに風に飛ばされ後方に吹っ飛んでいった。

「あ～ああ」

　隆史がそれを振り返りながら見送る。

「これできれいになったな」

「きれいにはなったけどなぁ・・」

「お前は真面目過ぎなんだよ。大丈夫だよ」

　日明はタバコを咥え、火をつけた。

「しかしなぁ～」

　しかし、隆史は納得していない顔だった。

「おっ、また出たな」

　前方にまた乗用車が現れた。今度も日明はハンドルを切る。しかし、ハンドルを切った瞬間、対向車線から車が来た。

「お～いっ」

　隆史が絶叫する。日明は、抜群の反射神経で即ブレーキを踏むと、巧みなハンドリングで、再び左車線に戻りそれを避けた。しかし、それは間一髪だった。

「ふぅ～、今のは危なかったな」

　さすがに日明も肝を冷やしている。

「危なかったじゃねぇよ。まったく」

　隆史の心臓は壊れそうなほどバクバクしている。

「悪りい悪りい」

「悪りい悪りいじゃねえよ」

「まあまあ、無事だったからいいだろ」

「う～ん、まあ・・」

　そう言われると、いつまでも騒いでいる隆史の方が悪いみたいになって来る。

「ていうかだからどこ行くんだよ」

　隆史が言った。

「おっ、着いたぜ」

「えっ？」

　シルビアは、そこで急減速し、左に曲がった。