第34話 二人でドライブ

「しかし、やっぱすげぇ加速だな」

 日明がハンドルを握りながら、目を輝かせる。

「ああ、腹に力入るわ」

 隣りの隆史も一緒になって興奮する。

「ターボはやっぱいいなぁ」

「ああ」

 二人はスポーツカーの馬力に子どもらしく興奮する。

 アクセルを踏む度に襲う、全身をシートに張りつけられるような加速感、コーナリングのG、ストレートでのスピード感、いつもなんとなく通り過ぎていく町並みが、まったく別の世界に見えた。そんなシルビアの加速とスピードが、自分たちだけが特別な力をもったような万能感を二人にもたらす。二人はそれに酔った。

「最高だな」

 日明が言う。

「ああ」

 隆史がうなずく。


「腹減ったな、なんか買ってくか」

 町中を走りまわり、少し疲れ始めた頃、日明がふと言った。

「ああ」

 隆史もそれに同意した。二人の乗るシルビアは、丁度道路沿いにあったマクドナルドのドライブスルーに入った。

「照り焼きセットに、ホットドックとフィレオフィッシュに・・、シェイクと・・」

 日明は、ドライブスルーのマイクに向かって次々と注文してゆく。

「お前は?」

 日明が隆史を振り返る。

「俺は照り焼きセットだけでいい」

「あと、照り焼きセット一つね」

「はい、かしこまりました」

 マイクの向こうから、かわいらしい女の子の愛想のいい声が、聞こえてくる。

「ぜってぇかわいいぜ」

 それを聞いて日明が隆史を見る。

「ほんとかよ」

「絶対かわいい。この声は、間違いないな。俺には分かる」

 日明は、クラッチをつなぎ、車を発進させた。

 車が受け取り窓口の前に行き、しばらく待つと、注文の商品をもって高校生らしきアルバイトの女性店員が現れた。女性店員は滅茶苦茶改造したスポーツカーに乗る制服姿の二人に、驚いた顔を見せる。

「ヒュ~、やっぱり」

 日明が、その子を見てうれしそうに言った。

「えっ」

 店員は、キョトンとする。

「ほらな」

 日明はドヤ顔で隆史を見る。女性店員は目がくりくりっとした丸顔のかわいい女の子だった。

「ありがとう」

 日明は、ハンバーガーの料金を支払い、商品を受け取ると、いつになく女性店員に愛想よくあいさつし、再び勢いよくエンジンをふかして発進した。

「はははっ、店員めっちゃ驚いてたな」

 日明が笑う。

「ああ、目が丸くなってたな」

 隆史も笑った。

「そりゃそうだろうな」

 二人は笑う。

「でも、やっぱ、ちょっとかわいかったな。声かけときゃよかった」

 日明がちょっと悔しそうに言った。

「また今度でいいだろ」

 隆史は呆れながらツッコむ。

「ほれっ、てりやきバーガー」

 日明が巨大な紙袋から、照り焼きセット取り出し、隆史に渡す。

「ああ、サンキュー」

 隆史が揺れる車内で慎重にそれを受け取る。

「それにしても頼み過ぎじゃねぇのか」

 マニュアル車を運転しながら、器用にハンバーガーを取り出し食べ始める、日明の抱える巨大なマクドナルドの紙袋を見て隆史が言う。

「あっ」

 すると、日明が突然大きな声を出した。

「なんだよ」

 突然、大声を出す日明に隆史は驚く。

「アップルパイ頼むの忘れた」

「知らねぇよ」

 隆史は、もう呆れるしかなかった。

「おいっ、どこ行くんだよ」

 もう帰るものとばかり思っていた隆史が外の景色を見て驚く。日明の運転するシルビアは家とは反対の、しかも市街地から離れた峠の方に向かっていく。

「いいとこだよ」

 日明の運転するシルビアは、そのまま峠道に入って行った。そして、ドンドン町から離れていく。

「あんま遠くはやだぜ」

 隆史が眉根を寄せる。

「いいからいいから、今日は俺に時間預けろ」

 日明の運転するシルビアは、町を囲む山々を貫く峠道をものすごいスピードで突き上って行く。

「さすが2000CCにターボ付き。パワーが違うな。峠の上りでも全然関係ねぇ」

 日明は峠に入り。スポーツカーのパワーに、さらに興奮する。

「ああ、全然違うな。うちの母ちゃんのおんぼろ軽なんか全然上んねえもん。いつも煽られてばっか」

 隆史が言った。

「おいおい、軽と一緒にすんなよな」

 日明が少しむっとしたように言う。

「確かにそうだな。はははっ、悪い悪い」

「気分が台無しだよ。まったく」

「悪い悪い」

 隆史があやまる。

「しかし、曲がりもめっちゃ安定してるな」

 ハンドルを切りながら日明が感嘆の声を上げる。車高調で、限界ギリギリまで車高を低くしているシルビアは、急激な峠のカーブも難なく安定して突き抜けていく。

「やっぱいいわ」

 日明はため息交じりに言う。

「俺ぜってぇ、高校出たら買うぜ。車」

「ああ、俺も欲しくなってきたな」

 隆史も感化されいつになく興奮する。

「ていうか、マジでどこ行くんだよ」

 隆史が再び外の景色を見た。シルビアはどんどん、市街地から離れ、峠道を上がっていく。もう周囲は、闇と森だけになっていた。

「それはな」

「うん」

「それは」

「うん」

「な、い、しょ」

「なんだよ」

 隆史は呆れ顔で首を大仰にひねる。

「ははははっ」

 車内から日明の豪快な高笑いが響き、そして、日明の運転するブルーメタリックのシルビアは、夜の峠道を爆進して行った。

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