第33話 小倉部活辞めたってよ

「純、お前、部活辞めるって本当か」

 頭上でそう声がして、校舎中央の中廊下の端にあるジュースの自販機の横のベンチに座っていた純が顔を上げる。隆史だった。

「ああ」

 純は力なく答える。レギュラークラスの一年の中で、対等な立場で純と普通に話をしてくれるのは隆史だけだった。

「考え直せよ」

 隆史がまっすぐな目で純を見る。

「・・・」

 純は複雑な顔で目を反らす。

「せっかく、みんなで一緒にやって来たんじゃねぇかよ」

「・・・」

 純はジュースの入った紙コップを両手で握りしめうつむいた。

「先輩に嫌われたって、あいつらみんな一年二年したらみんな辞めてくんだぜ」

 純が先輩たちに目をつけられているのは、部活内では周知の事実だった。

「なあ、もう少しで三年の先輩たちはいなくなるわけだし」

「・・・」

 隆史は、真剣に純を引き留めようとしている。それは純にも分かった。そのことはうれしかった。純のことを引き留めようとしてくれたのは、数いる部員の中で隆史だけだった。他の仲のよかった一年の部員ですらそれをすることはなかった。

「もう、監督には言ってきたんだ」

 純が力なく答えた。

「そうなのか・・、でも、まだ・・」

「もう辞めたんだ」

 純も、サッカーを続けたい気持ちはあった。しかし、もう戻れない。そう感じていた。ここで戻ったら、また先輩に何を言われるか分からない。

 純は黙って立ち上がると、隆史に背を向け、そのまま歩き去って行った。

「・・・」

 隆史は黙ってその背中を見送るしかなかった。


「小倉が、部活辞めたってよ」

「誰だよ。小倉って」

 二人は部活帰り、少し暗くなりかけたいつもの通学路を二人で駅に向かって歩いていた。

「一年のほら背の高い」

「誰だよ。知らねぇよ」

 日明は、関心を示そうとすらしない。

「辞めたきゃ辞めればいいだろ」

 そして、にべもない。

「・・・」

「辞めたい奴は辞めたらいいだろ。別にそれでなんの問題もないだろ」

 日明はそれで終わりだった。

「あいつは、結構うまかったぜ。体格もいいし、それに練習だって人一倍やってた。朝練も一人で黙々とやってたし、練習終わってからもずっと、残ってやってたぜ。サッカー好きなんだぜ。あいつ。ぜってぇ、辞めたくないはずだ」

「お前がそう思ったってそいつが辞めたいっつって辞めたんだからしょうがねぇだろ」

「でも、あいつ先輩に目つけられて」

「そんなことぐれぇで辞める奴は結局他の理由でも辞めるんだよ」

「・・・」

「ほっとけ」

「・・・」

 日明が言うことにも一理あった。それに隆史がそう思ったところで、純本人が辞めたいのだからどうなるものでもない。

「というか、どこ行くんだよ」

 そういえば駅に向かっているはずが、日明はどんどんいつもの道をそれてゆく。

「いいとこ」

 そして、日明はにやりとそれだけを言って、市民運動公園の駐車場の方に歩いて行く。

「なんで駐車場なんだよ」

 隆史がいぶかしむ。

「まあまあ」

「もう原付二人乗りは嫌だぜ」

 隆史が前回の二人乗りを思い出し、警戒する。

「今度はそんなせこいもんじゃねぇよ」

 日明は、そのまま駐車場の奥へとどんどん歩いて行く。

「これだ」

 そして、広い駐車場の一番奥の角のそこだけ外灯の光が薄っすらとしか届かない、薄闇の部分を指さした。

「おおっ」

 隆史が思わず声を上げる。駐車場の奥の片隅に、徹底的に改造が施されたブルーメタリックのS13型シルビアが止まっていた。

「すげぇな」

 隆史が興奮してそのシルビアを見る。

「だろ」

 日明がどや顔で言う。 

「それにしてもどうしたんだよ。これ」

「先輩の知り合いに貸してもらった」

「マジかよ」

「エンジンかけるぜ」

 日明がポケットからキーを取り出し、運転席のドアを開け、エンジンをかける。かけた瞬間、グウォ~ンッとものすごい音が、辺りに鳴り響いた。遠くの陸橋を歩いていた子どもたちが振り向くほどだった。

「どうだ」

「すげぇな」

 隆史も同年代の子がそうであるように車には興味があって、さすがに興奮した。

「乗れよ」

「お前免許持ってるのか」

「持ってるわけねぇだろ。まだ俺たち十六だぜ」

「だな」

 そこで隆史は笑った。いつもはここで日明をたしなめるタイプの隆史だったが、車に関してはやはり、そこは若者で、好奇心が勝る。

「おいっ、でもまたパトカーは勘弁だぜ」

「大丈夫だよ。車ん中なんていちいち見ねぇよ。それにスモーク貼ってるし、そもそも見えねぇよ」

 横と後部の窓ガラスには全て黒いスモークフィルムが貼ってあった。

「でも、さすがに制服で車はまずいんじゃねぇか」

「大丈夫だよ。いちいち心配し過ぎなんだよお前は。いいから乗れよ」

 日明は、先にさっさと運転席に乗り込む。

「う~ん」

 隆史も一瞬迷ったが、スポーツカーの誘惑には勝てなかった。隆史も助手席のドアを開け乗り込んだ。

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