第30話 さらなる衝撃

 それは、何の変哲もなく突然始まった。

 反撃に出ようとする南丘の攻め上がりからのボール奪取から、日明が右サイド、自陣深くからドリブルを始める。一人抜き二人抜きとかんたんに前へ前へと日明は進んでいく。そして、日明はパスを出さない。そのまま、右サイドを前に前にドリブルで上がって行く。それに対し、もちろん南丘の選手たちも次々ボールを取りに行く。

 しかし、日明は取られない。

「おっ、おおっ」

 そのテクニックと、スピードに観衆からも声が漏れる。日明はさらに、一人、二人と抜いて行く。そして、さらに二人三人と抜いていく。南丘の選手たちはボールを取ることができない。

「おいっ、おいっ」

 観衆もざわめき始める。普通であればこの辺でボールを奪われ、やっぱりか、無茶しやがって、で終わる。しかし、日明のドリブルは止まらない。

 そして、ついに日明はボールを奪われないまま敵陣まで深く切り込んでいくと、中に切り返し、ペナルティーエリアの中に入った。ペナルティーエリアの中はさらに相手ディフェンダー陣が待ち構え密集している。が、日明はパスを出さない。そこに逆に突っ込んで行く。

「おおおっ」

 観衆からこれまでにない驚きの声が上がった。それは明らかに無茶だった。

 しかし、日明は細かいダブルタッチと、フェイントで、その密集の中を縫うようにドリブルすると、ついにその囲みを突破してしまった。

そして、最後に飛び出したゴールキーパーをかわす。

「おおおっ」

 観衆の興奮も最高潮に達する。そして、無人のゴールに日明はゆっくりと余裕をもってボールを叩き込んだ。

 一瞬会場が静まり返る。全員が唖然としていた。すご過ぎて、しばらく誰も口がきけないでいた。

「十一人抜きだぜ・・」

 実際は一度抜かれた選手が戻り、再度抜かれているので十五人抜きぐらいになっていた。

「うおおお、すげぇぇ~」

 そして、会場全体から、大歓声が上がった。

 南丘の選手たちは自分たちが何をされたのかしばらく信じられず、呆然とゴールネットに突き刺さった後、転々と転がるボールを見つめ立ち尽くしていた。

 会場はしばらくどよめきと興奮と、驚きでざわついていた。それほどにそれは衝撃的な光景だった。

 しかし、当の日明は淡々としたものだった。ちょっとした荷物を運んだみたいな訳ないような調子でいる。そんな姿に日明のファンとして会場に詰めかけていた女子生徒たちは痺れた。もう、目がとろけ、うっとりとした完全にイッてしまっている目で、その姿を見つめ続ける。会場は異様な興奮状態に包まれていた。

 その後、試合が始まっても南丘の選手たちは心ここにあらずだった。南丘は、プライドから戦意からすべてをズタボロにされ、前半で完全に破壊されてしまった。

 後半も、南丘はまったくいいところなく、ただ試合の終わりを待つしかなかった。

 準決勝、そして、東岡第三は難なく勝った。

 五対〇。快勝だった。

 楢井の戦術や連携指示の無い放任主義的ともとれる個人サッカーは、しかし、個性の強い日明を中心とする東岡第三にとっては、いい面もあった。日明は縛りなくのびのびと個人プレーが出来たし、それを支えるように自然とチームが傾くため、より日明という強い個性を引き出せた。そして、それがここに来て一つのチームの形にすらなっていた。

 チームという枠を徹底しないことで、ある意味でチームが完成したと言ってもいい。チームは日明の個性を中心にいい方向に回り出していた。

 

「十一人抜きはすげぇな」

 東岡第三までマイクロバスで帰り、そこから駅までの帰り道、普段冷静な隆史が試合を思い出し、しきりに興奮していた。

「一度やってみたかったんだよ。漫画でやってただろ。久保先輩」

 しかし、相変わらず日明は淡々としている。

「ああ、シュートの」

 当時連載されていた蒼き伝説シュートというサッカー漫画で、久保先輩というキャラクターが十一人抜きをやるというシーンがあった。

「いや、でも、やりたいからってできるもんじゃないだろ。しかも、準決勝で」

 隆史が慌ててツッコミを入れる。

「まあ、俺さまはそれができてしまうくらいの天才なんだよなぁ」

 日明がおどけた調子で言う。

「・・・」

 そこにいつものように隆史がツッコミを入れようとしたが、しかし、日明が言うとあながち冗談にならないので、隆史もこれにはツッコめなかった。

「でも、確か久保先輩ってあの後、死ぬんじゃなかったか」

 すると、隆史が首をひねりながら呟いた。

「おいっ、縁起でもねぇこと言うなよ」

 それには日明はすぐに反応した。

「はははっ、そうだな」

「まったく、俺を殺すなよ」

「はははっ、大丈夫、お前は殺しても死なねぇよ」

「おいっ、どういう意味だよ」

「はははっ」

「お前は普段真面目なくせに、時々毒を吐くんだよな」

 日明は、笑い続ける隆史を少し恐ろしげなものを見るような目で見た。

「ほんと、時々やな奴だなお前は」

 日明は、呆れるように呟く。

「でも、お前十一人抜きはすげぇけど、もう少し守備しろよ」

 この日、日明は後半まったくと言っていいほど守備をしていなかった。この当時、まだトータルフットボールという概念はそれほど広まってなく、全員守備、全員攻撃ということは徹底されていなかったが、それでも、自分のポジション近くに来たボールくらいは奪いに行くのは当たり前だった。しかし、日明は、普段から守備はほとんどしていなかったし、今日は前半でもう勝負がついてしまったというのもあり、開き直ったかの如くまったく守備をさぼっていた。

「攻撃は最大の防御なんだよ」 

「お前それにしても目の前のボールくらい取りに行けよ。あれは酷過ぎだろ」

 日明は目の前の相手選手のドリブルすら、プレッシャーに行かなかった。

「それは俺の仕事じゃねぇ」

「言い切るとこが怖ぇな」

 しかし、日明だからできることであり、言えることだった。そこは隆史も納得せざる終えなかった。

「ああ、腹減った。ラーメン食ってこうぜ」

「ああ」

 日明がいつもの調子で言うとそれに隆史が応え、二人はまたいつものように駅前の来々軒に入って行った。

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