第29話 風上

 県大会、準決勝がついに始まろうとしていた。

 他の部員たちはみなどこか興奮している。

「・・・」

 その中で純は一人、茫漠としたその先の終わりを感じていた。


「選択権とったらポジション風上な」

 日明が試合直前、なぜかキャプテンの黒田の下に行き、声をかけた。

「あ、ああ」

 黒田は、日明がいきなり来て、何を言っているのかその意図が分からなかったが、とりあえずうなずいた。

 そして、東岡第三は、試合前のコイントスに勝ち、東岡第三のキャプテン黒田は陣地の選択権を取り、ポジションを風上にとった。

 ピーッ

 そして、ホイッスルが鳴り、ついに準決勝は始まった。

 今日は前回の試合同様、隆史も先発だった。相手ピッチに武井の姿はない。ベンチにもいなかった。武井は重要な試合では使われない、南丘ではそんなポジションらしかった。

 誰が指示したわけでもないのに、試合立ち上がりはお互い慎重な試合展開になる。芝のピッチは、ボールが走り、普段やっている土のグラウンドとはまた感覚が違っていた。お互いのチームがそれに慣れるまでにお互いリスクは冒さず、安全パイなパス回しをしていく。お互い探り探りのボール回しが続いた。日明も、この時、なぜか試合の中で消えるように大人しい。

 だが、単調ではあったが、しかし、準決勝ということで、お互いの緊張感と闘争心が入り混じった雰囲気が怪しい霧のように漂う。ピリピリとした雰囲気がピッチを覆い、穏やかな試合展開の中でも、選手たちの表情は極限まで険しくなっていた。見ている方も自然と緊張感に包まれる。

 そして、試合が進むにつれ、やはり、お互い選手同士球際でぶつかる度に、だんだんエンジンがかかって来て、ヒートアップして来る。そんな中、試合は徐々に地力に勝る東岡第三が自然と押す格好になっていった。東岡第三は試合ペースを握り、小気味いリズムで攻め上がる。

 しかし、その時、ちょっとした油断から、南丘にカウンターを食らい、シュートを打たれる。それはペナルティーエリアの外からであったが、いいコースに行き、あわやという弾道であった。それをゴールキーパーが、何とか指先一つ触って、何とかゴールの枠からは外した。

「ふぅ~」

 東岡第三のベンチからは大きなため息が漏れる。かなり危ない場面だった。

 そして、そのまま、南丘のコーナーキックになった。ピンチは続く。東岡第三としては、いいペースで押していた後だけになんとなく嫌な感じのする流れだった。

 そして、コーナーキックは蹴られた。ゴール前にいいボールが入った。それをゴール前、敵味方入り乱れて必死で競り合う。東岡第三は何とかそれをかき出す。だが、こぼれ球が南丘の選手の前にこぼれそれをシュートされてしまう。それを何とか東岡のディフェンダーが体に当てブロックし、再びクリアしようとするが、そこにまた南丘の選手が群がりなかなか大きくクリアできない。ペナルティーエリア内の狭い範囲でもみあいが起こり、そして、ボールが安定せずあっちこっちにピンボールのように飛んでいく。すると、何度も東岡の選手たちがクリアする中で、それが、南丘の選手に当たり、なぜかペナルティーエリアから少し離れたところに一人いた日明の足元に転がって行った。

 フリーの日明は、そのままドリブルかパスの選択肢もあった。だが、なぜか、そのバウンドしてくるボールに対し、いきなり素早くキックモードに入ると、自陣ゴール前から、そのまま思いっきり大きく蹴り上げた。

 最初、なぜそんなに大きく蹴っているのかみんな分からなかった。少し余裕もあり、それほど大きくクリアする必要性はなかった。観衆も含め全員がその大きく蹴られたボールの弾道を目で追いかける。

 日明の蹴ったボールは、風に乗り、あれよあれよ言う間に、センターラインを越え、ついには相手ゴール前まで飛んで行ってしまった。そして、相手ゴールキーパーは、相手ゴール前でのコーナーキックということで、かなり前に出ていた。

「おおっ」

 その時初めて、その場にいた人たちは、日明がシュートを打ったのだと気づいた。

 軌道はよかった。風にも乗っている。

「おおっ」

 だが、みんなまさかと思った。それはキャプテン翼の自陣ゴール前からのミラクルドライブシュートに匹敵する漫画のようなシュートだった。

 だがそのまさかだった。日明の蹴った超ロングシュートは、そのまま必死でゴールまでダッシュで戻り、最後、ジャンプして必死で手を伸ばす相手ゴールキーパーの手を掠め、そのままゴールに入ってしまった。

 日明が、その相手ゴールからはるか離れた自陣ゴール前近くで右手こぶしを突き上げる。超超ミラクルロングロングシュートだった。

「うおおおおっ」

 観衆からものすごい歓声が上がった。みんな信じられないものを見たという、驚きの表情をしている。

「お前、それで風を見てたのか」

 日明の下に駆け寄った隆史が感嘆しながら日明に声をかけた。

「そうよ」

 日明はおどけるように胸を張る。風を読み、その風に乗ったとはいえ、それにしてもすごい精度と技術だった。

「お前は・・」

 抜け目ない日明の才覚に隆史はあらためて驚嘆した。

 スーパーロングシュートが決まり、俄然東岡第三の勢いは増す。前回の試合にも危なげなく勝っているだけに、東岡第三には勝ちに対してのポジティブなイメージもあった。

 そして、それだけで日明は終わらなかった。

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