第31話 サッカー部の光と影

 準決勝も勝った。しかも大勝だった。行ける。全国に行ける。そんな空気が東岡第三のサッカー部内全体に広がっていた。チームにも勢いがあった。優勝できる。本当に行ける。我が母校、東岡第三がついに全国に行く。あの夢の舞台、全国高校選手権大会。数々のヒーローを生み出した、あの、全国高校サッカー部員全員の憧れの地。そこに、東岡第三が行ける。部内は異様な興奮状態に包まれていた。

 学校でも噂になっていた。ついにサッカー部が全国に行くかもしれない。準決勝での日明の十一人抜きは、大きく地元の市民新聞にも記事として取り上げられていた。そのことは生徒だけではなく、学校関係者や、父兄にも知れ渡っていた。

「今年のサッカー部なんか強いらしいぞ」

「全国行くかもしれないって」

「一年の日明って奴がすごいらしいぞ」

「マジですごいらしい」

 日明はいつしか、学校内で噂の的に、いや、英雄になっていた。日明の力で、日明のおかげで自分たちの母校が初めて全国に行ける。日明は、どこへ行っても、全校生徒たちから羨望と尊敬の眼差しで見つめられていた。

「お前の人気すごいな」

 そんな視線に驚きながら、隆史が隣りの日明を見る。

「当たり前よ」

 謙虚さという言葉を知らない日明は、思いっきり胸を反らす。もともと女子には人気のあった日明だが、今はそのレベルをはるかに超えていた。

「それにしてもすごいぞこれは」

 異様な熱気を隆史は感じた。それは、少し怖くなるくらいの興奮ぶりだった。ちょっと、休み時間に廊下を歩いているだけで、ものすごい熱い視線とオーラが飛んでくる。しかも、女子生徒たちは、興奮のあまり日明を見るだけでキャーキャー何やら騒いでいる。もはや、それは熱狂に近かった。

「これが本来の俺に対する評価だよ」

 しかし、日明はまったくひるむ様子はない。むしろ、当然のこととして受け止めている。

 そこにあの野球部の西村が通りがかった。

「よっ、うんこ頭さん」

 日明はその西村の肩にポンッと手をかけた。西村に対してみんな表立っては言えないタブーを日明は平気で言う。周囲からクスクスと笑い声が起こる。

「ぐぐぐっ」

 西村は一瞬、顔面が蒼白になった後、額に浮き出た血管が切れそうな勢いで、ものすごい怒りの表情で日明を見る。だが、校内での日明の今の人気を西村も知っていて、うなるだけで何も言えない。

「残念だったね。野球部は今年も負けちゃって」

 日明はさらに西村を小バカにするように言った。野球部は今年も予選で負け、夏の甲子園には行けなかった。

「ぐぐぐぐっ」

 西村が、今にも何かが爆発しそうなやばい顔をするが、日明はそんなことにはとんと気にする様子も見せず、澄ました顔をしている。逆に隆史の方が、隣りでハラハラしながらそれを見つめていた。

「まっ、お前たちの分まで全国行ってやるからな」

 日明は、そう言って、ぽんぽんと西村の肩を叩いた。

「行こうぜ」

 日明が隆史を見る。

「あ、ああ」

 そして、日明は隆史とその場から去って行った。残された西村は、ものすごい形相でその場に立つ尽くしていた。


「・・・」

 全校中がサッカー部の話題で盛り上がっている中、純は一人、校舎の北の端にある体育教師の休憩室の入口の前に立っていた。

「失礼します」

 そして、大きく息を吐くと、意を決して純は中に入った。

「すみません。お時間よろしいですか」

 純が休憩室に入り、監督の楢井の席の横まで行き、声をかける。

「なんだ」

 いつものごとく横柄に楢井は答える。

 ふと見ると、たまたまそこにいた三年の副キャプテンの中川と宮川が、そんな純をにやにやと見ていた。その顔は好奇に満ちていた。純の不幸が楽しくて堪らないといった顔だった。

「あの、部活辞めさせていただきたいのですが・・」

 純はおずおずと切り出した。

「ああ、分かった」

 それだけだった。ほとんど練習にも来ない三年の高津には、本人から退部の話が出た時、説得して辞めさせなかった楢井だったが、実力のない部員はどうでもいいらしい。辛い練習に耐えきれず次々辞めていく部員たちの一人と思ったのだろう。それで終わりだった。

「失礼します」

 引き留められたいと思っていたわけではないが、自分のサッカーへの思いを無下にされたような気がして、純は、唇を噛んでその場を離れた。そんな純を、中川と宮川は、相変わらず楽しくて楽しくて堪らないといった顔でニヤニヤと笑いながら見ていた。

「・・・」

 純は静かに休憩室を去った。それが、今までサッカーに熱い思いを込めて、一生懸命ここまでやって来た純のサッカー人生の終わりだった。

 全国へと飛躍するサッカー部の熱狂の片隅で、純は人知れず部を去って行った・・。

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