第27話 決起集会

「おおっ、奮発したな」

 会場に入った日明が思わず声を上げる。

「おおっ」

 隆史も一歩遅れて中に入り、同じく声を上げる。そこは白く輝く壁紙にシャンデリア。ホテルの大広間だった。

 この日、東岡第三高校サッカー部は、地元ホテルの大広間を借り切って、全国大会に向けての決起集会兼食事会を開いていた。今年は県の南部大会にも優勝し、決勝では優勝候補の松本商業にも勝ったことで、全国への期待が高まっていた。そのため、ホテルの大広間を貸し切り、準決勝、決勝へ向けてのいつにない大がかりで豪華な食事会となっていた。

「金大丈夫なのかよ」

 日明が思わず言う。

「お前もそういうとこ心配するんだな」

 隆史が少し驚きながら、隣りの日明を見る。普段豪快な癖に変なところを気にする日明だった。

「おおっ」

 その時、広間の入ってすぐの左端に並ぶ、料理を見て、日明がまた声を上げる。食事はビュッフェ形式で、そこには山のように豪華な料理が並んでいた。

「マジかぁ。めっちゃうまそう」

 日明がよだれをたらさんばかりにその料理を見つめる。

「生きててよかったぜ」

「お前は単純だな」

 隆史が呆れながらそんな子どものような日明を見る。

 だが、他の部員たちもみな、その豪華な料理に、目が釘付けになっていた。

「とりあえずみんな座れ」

 そんな部員たちに向かって楢井が叫んだ。

 会場に並ぶ、真っ白いテーブルクロスのかけられた、丸テーブルにそれぞれ六人ずつの組になって座っていく。

「え~、本日はぁ~」

 そして、大人たちのお決まりの退屈なあいさつが始まる。

「もう、かったるいあいさつとかいいからよ。早く食わせろよ。料理冷めちまうぜ」

 日明が、ステージ横の料理を見つめながら一人毒突く。

「え~、でぇありますからですね、日々精進、これがですね・・」

 しかし、次から次へと後援会の会長やら、父兄代表やらとあいさつは続いていく。

「では、せっかくの料理が冷めないうちにあいさつの方を終わりたいと思います。え~、では、お待ちかね・・」

「おしっ」

 日明は、最後の楢井の言葉が終わるか終わらないかのうちに、もう叫ぶようにして立ち上がっていた。そして、楢井の話が終わった瞬間、飛び込むようにして真っ先に料理の並ぶテーブルの前に行くと、皿を取り、ずらりと並ぶ料理に早速手を伸ばす。他の一年の部員が先輩に遠慮して後ろに並ぶ中、日明はまったく遠慮がない。

 食事の時間となり、選手たちが、豪華な料理を次々とお皿に盛って行く。そんな中、日明の皿は、もうあまりに盛り過ぎて、小山のようになっていた。

「おいっ、いくら何でも盛り過ぎだろ」

 隆史がそれを見てツッコむ。

「大丈夫だよ」

 そう言って、さらにその小山のてっぺんに唐揚げを三個乗せた。

「さあ、食うぞ」

 日明は、自分の席にその山盛りの料理の盛られた皿を持って行くと、猛烈な勢いで食べ出した。

「そんな慌てて食わなくてもいいだろ」

 遅れてテーブルにやって来た隆史が言う。

「早くしねぇとなくなっちまうよ」

「大丈夫だよまだたくさんあったぞ」

 しかし、日明の食べるスピードは衰えない。

「くっそぉ~、これでビールがあればなぁ」

 日明はチラチラと 楢井たち大人の座るテーブルの方を見ながら呟く。

「バカなこと言ってんじゃねぇよ」

 隣りから、隆史が笑いながらツッコミを入れた。


「おお~っ、食ったぜぇ」

 日明がタダなのをいいことに、食って食って食いまくって膨れた腹をさする。

「ほんと食ったな」

 隆史が呆れなながら日明を見る。日明は信じられない量の料理を何度も何度もおかわりし食べまくっていた。

「元はとったぜ」

「なんの元だよ、全部タダじゃねぇか」 

「それではみなさ~ん」

 一通りみんなが料理を食べ終わり、談笑しくつろぎ始めた頃だった。突然、二年のお調子者で小回りの利く増田が、ステージに立ちマイクを持つと、盛大に声を上げた。全員がステージに目を向ける。日明と隆史もステージを見る。

「さて、宴もたけなわでありますが、さらに、ここでお楽しみのぉ・・」

 そこで増田は一寸溜めた。

「さあ、レッツ、ビンゴぉ~」 

 そして、増田がその舌っ足らずな声で叫んだ。

「おお~」

 会場からも大きな声が上がった。そこで突然、食事会はビンゴ大会に変わった。

「五番」

 増田が自らの手に持つ、ボールの番号を読み上げる。全員に一枚ずつ番号の書かれたビンゴシートが配られ、そして、司会の増田が、番号の入ったボールを次々引いていく。

「十二番」

 増田は次々と番号を読み上げていく。

「なんだよ全然合わねぇよ」

 日明が自分のビンゴシートに当たり散らす。

「九番」

「おっ、またあった」

 だが、隣りの隆史は調子よく、合った番号を鉛筆で丸で囲んでいく。

「マジかよ」

 日明が隆史のシートを覗く。

「さあ、ビンゴした人は、大きな声で叫んでくださ~い」

 増田が言った。

「では、次、二十五番」

「ビンゴ~」

 その時、会場いっぱいに大きな声が響き渡った。最初に叫んだのは、隆史だった。

「マジかよ」

 日明は驚いて隣りの隆史を見る。一番にビンゴしたのは隆史だった。それに比べ、日明はまだ二個しか合っていない。

 隆史はステージに行き、そこに並ぶ様々な景品の中から景品を選ぶ。ステージに置かれた机の上にはぬいぐるみやお菓子、チープなおもちゃなどの景品が並んでいた。

「何もらってきたんだよ」

 日明が戻って来た隆史を見る。

「これだ」

 それは、小さなぬいぐるみった。

「なんだよそれ」

 それは奇妙な顔をしていた。

「ブタか?」

「パンダだろ?」

「これはブタだろ」

 日明がしげしげとそのぬいぐるみを見つめる。

「こんなのどうすんだよ。お前にこんな趣味があったとはな」

 怪訝な顔で日明は隆史の顔を見つめる。

「亜紀にな」

「お前はやさしいね」

 呆れるように日明は言う。

「なんかとげのある言い方だな」

「別にそんなんじゃねぇけどよ。やさしいなと思ってな」 

「やっぱりなんかとげがあるな」

 亜紀のことになるといつになくむきにある隆史だった。

「十二番」

 そんな日明たちの背後で、ビンゴ大会は続いていた。

「ビンゴ~」

 また別の席から声が上がった。そして、その生徒がステージに上がる。

「チクショー、全然来ねぇぞ」

 日明が自分のシートを見てイラつく。

「お前は日頃の行いが悪いからな」

 隆史が言った。

「うるせぇよ」

「はははっ」

 隆史は笑った。


「二十三番」

「・・・」

 純はビンゴシートを見つめた。あと一つだった。

「十五番」

 来た。

「ビンゴ~」

 純が叫んだ。純がビンゴして、ステージに上がる。ステージに上がって顔を上げた瞬間だった、そこには司会の増田の純を睨みつけるものすごい形相があった。

「・・・」

 純は驚く。ここでもか・・。

「どれにすんだ?」

 そこにさらにかぶせるように、増田は高圧的に言ってくる。

 純は好きなものを選ぶ余裕もなく、とにかく目の前のお菓子の袋を取りそそくさとステージを降りた・・。


 会の終わり、決起集会のプログラムもほぼ無事終わり、最後に、今年最後の三年生が壇上に上がり、横に並んだ。この大会が三年生にとっては最後の大会になる。この会は送別会も兼ねていた。

 そして、並んだ三年の選手たちがマイクを持ち、順番に一言ずつあいさつをしていく。

「みんな仲良くしてください」

 一番最後の一人だった。

「・・・」

 定型的なあいさつの連続の中で、どこか上の空だった純がステージを見た。一番端に立っていた三年の副キャプテンの中川だった。その口元には軽く笑みが浮かんでいた。壇上の他の三年生たちも、会場の他の二年の先輩たちからも何かを含んだ笑いが漏れた。

「・・・」

 純はそれを、静かに聞いていた。

「・・・」

 それが純に対するものだということは分かった。隣りの同じ一年の磯部が心配そうに純を見る。それはサッカー部の人間であれば、すぐに分かることだった。

「・・・」

 最初に純に目をつけたのは中川だった。

「・・・」

 純は震えた。純は腿の上に置いていた拳に力が入る。そして、なんだか急にすべてがバカバカしくなった。今まで張っていた気がすべて緩んでいくのを感じた。

「・・・」

 この時、純の脳裏に、サッカー部を辞めようという思いがふと浮かんだ。そして、その思いが純の中でどんどん大きくなっていった。これまで一瞬でも自分がサッカーを辞めるなんて考えたこともなかった。サッカーを始めてからずっと、今までサッカーのことしか考えていなかった。だが、その思いは堰を切って大きくなり、純の頭の中を支配していった――。

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