第26話 中学サッカー部の思い出
「まず顧問が練習に来ないっていうな・・」
隆史がため息交じりに言う。
「普段来ねぇくせに、公式戦とかで来た時は、なんか威張ってるしな。あいつ。ほんと最悪だったな」
「そうそう」
「一番練習来ねぇやつがなんでメンバーとか勝手に決めてんだよ。県大会の時なんか、いきなりセンターバック小口とか言い出すしな」
「ああ、そうだったな」
「なんでだよって。全員ツッコんだよな」
「ああ、心ん中で全員ズッコケてたよ」
サッカー部顧問の藤沢は、ほとんど練習にも顔を出さず、練習は選手たちにほぼ任せっきりだった。練習試合の遠征にもほとんど顔を出さず、選手たちだけで電車を乗り継いで、ド田舎の対戦相手の校庭まで行くこともしょっちゅうだった。
「そら負けるわ」
日明が天を仰ぐ。
部活にほとんど顔を出さない顧問の先生のいるようなやる気のない公立の中学で全国など目指すのは端から無理だった。しかも当時は、少年サッカーチームもほとんどなく、中学からサッカーを始める部員がほとんどだった。いくら、日明や隆史がうまくても、そこはチームスポーツ、限界があった。
「二年の時、野球部から移ってきた手島がいきなりレギュラーだぜ。どんだけ人いねぇんだよ」
日明が毒づく。
「花岡は攻めたまま戻って来ねぇしな」
隆史も続く。
「そうそう、あいつな。ていうかなんであいつがレギュラーでしかもハーフとかやってんだよ。今考えると恐ろしいな」
「下手な癖に態度だけはデカいというな。謎な奴だったな」
「そうそう、なんだよあのキャラ」
「じいちゃんが確か市議会議員とかだろ。何とか三郎とかいって。今も耳に残ってるぜ。街宣車で連呼してた名前」
「ああ、なんか三階建てのでっかい家建ててたな」
「ほんとボンボンに碌な奴いねえっていうのはほんとだな」
「ああ」
「しかし、ほんとクソみてぇな部だったな。顧問も来ねぇし、他の奴らは練習まともにしねぇし、練習内容も適当だったしな」
Jリーグができる前の田舎のサッカー部の環境は、信じられないほどひどかった。
「練習にまともに来ない今のお前が言えた話じゃねぇけどな」
隆史がちらりと日明を見る。
「でも俺だって、中学の時は、ほんと滅茶苦茶練習してたぜ」
日明は言い返す。
「ああ、あの頃はな。お前もほんとサッカーに夢中だったもんな」
中学の時の日明は、部活が終わっても、夕食を食べた後、近くの小学校の校庭まで出かけて行って夜中まで毎日サッカーボールを蹴っているようなサッカー少年だった。もちろん隆史も同じだった。
「それがどうしてこうなっちまったんだろうな。あの時のお前はどこに行っちまったんだ?」
隆史がしげしげとその時の見る影もない日明を見つめる。
「さあ、どうしてでしょう?」
日明はおどけた顔をする。日明は、高校に入り、様々な遊びを覚えると、そちらの方に情熱をシフトチェンジしてしまった。
「お前があのペースで練習してたら、もっとすごい選手になってたのになぁ」
隆史が嘆くように言う。
「まあ、息抜きだよ。そのうちまじめにやるから」
「そのうちね・・」
隆史は話半分に聞く。
「俺にとっては試合が練習だから。試合を重ねて決勝に行く頃には体は最高潮に達してるってわけよ」
「ほんとかよ」
「ほんとほんと。本番が一番の練習よ。それに練習のし過ぎは良くないのよん」
「う~ん」
日明の口車に騙されそうになる隆史だったが、もちろん納得はしない。
「今はちゃんと練習出てるだろ」
日明は弁解がましくさらに重ねて言う。さすがに県大会が始まってからは日明も休まず真面目に練習に出ていた。
「まあそうだな」
そこは隆史も認める。
「まあ、とにかく松商だな」
日明が話を戻す。
「ああ、松商は春季大会では勝ってるし、強い相手だけど勝てない相手じゃないぜ」
「ああ」
二人の胸は高ぶっていた。本当に目の前に見えて来ていた。二人の夢の先が・・。
「あと二つ」
日明が言った。
「あと二つだな」
隆史も思いがこもる。
「マジで見えて来たな」
「ああ」
「でも、案外かんたんだったな。高校入ってすぐ夢が叶っちまうなんて」
日明が隆史を見る。
「まだ決まったわけじゃないだろ。油断していると思わぬ何かが起こるぞ」
隆史がたしなめるように言う。
「何かってなんだよ」
「それは分からないから何かなんだよ」
「俺にはそんなもんねぇよ」
「意外なところに意外な落とし穴があるもんなんだぞ」
「ふ~ん、そんなもんかね」
「いくらお前でも万が一ってことがあるからな、足元すくわれないようにしろよ」
「ああ・・」
日明が小さく答える。いつも強気な日明だったが、この時の隆史の言葉はなぜか妙に気になった。
「準決から県立公園だぜ。会場」
隆史が話題を変えて言った。
「ああ、そうだったな」
「芝の上でサッカー出来るってだけで俺は興奮するよ」
隆史はいつになくテンションが上がっていた。準決勝と決勝戦の会場である県立市民運動公園は芝生のピッチだった。当時、芝のグラウンドは県内でも数えるほどしかなかく、高校生が芝のピッチでサッカーができる機会自体が、ほとんど無かった。
「たしか、トレセンの時、静岡かなんかに遠征行った時に、芝のグラウンドあったな」
日明が昔を思い出して言った。
「よく覚えてるな。そうそう、あん時、よかったよな。初めての芝でさ。わざとみんなスライディングとかやたらしてさ。テンション高かったよな」
「ああ、たしかに芝はよかったな。こけても痛くねえし」
「ボールがやたら転がるんだよな。あれになれるのめっちゃ時間かかった」
「あの感じはよかったな。めっちゃ気持ちよくてな」
「意味もなくやたらみんな寝っ転がってな」
「そうそう、っていうか、おいっ、ほのぼのと思い出話してる場合か」
日明が怒る。
「そうだったな」
隆史が笑う。
「決勝だよ決勝。全国だよ全国」
「ああ、そうだな。ていうか、まずは準決だろ」
「南岡なんか敵じゃねぇよ」
「はははっ、そうか」
「マジで全国だぜ」
「ああ、だな」
二人は町を囲むようにしてそびえる山々の向こうに広がる空を見つめた。二人の夢は今、手の届くところまで来ていた。
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