第25話 大会第三戦後の帰り道
「お前すげぇじゃん」
体育祭で純が百メートル走を走り終わって同級生たちのところへ帰ろうとしていた時だった。突然、通路の脇にいた岡田が純に話しかけて来た。純は百メートル走で、みごとそのクラスでは一位になっていた。
「えっ、あ、は、はい、ありがとうございます」
純は慌てる。もちろん二年の先輩の岡田が純に話しかけてくることは今まで一度もなかった。岡田はケガがもとで、選手を離れマネージャーをやっている人だった。今まで一度として話したこともなく、どんな人かは全然知らなかった。実はいい人だったのかと、純はこの時思い、丁寧に腰を低く返事をした。
だが、純が反応したとたん、急に岡田の態度が変わる。岡田はまったく話をしなくなった。最初、純は意味が分からなかった。
「・・・」
結局、また無視だった。嫌がらせだったのだと、純は気づいた。
「・・・」
純は、黙ってその場を去った。
次の試合、大会第三戦。楢井は隆史を使った。日明も先発だった。楢井は、全国に行くことを優先課題として割り切ったのだろう。楢井が生徒に妥協するのは、監督歴三十年近くで初めてのことだった。
プライドの高い楢井は普段であれば、こんな反抗的な選手は絶対に試合に出さない。実際、過去にはすべてのケースでそうしてきた。だが、この日日明を楢井は使った。それほど、楢井は全国に出たかった。今まで一度も全国に行けていないという不名誉を何とかしたいという思いは強く楢井の中に沈殿し、凝り固まっていた。楢井は三十年近くサッカー部を指導してきて、そこを一番気にし、悩んでいた。だが、今年は日明がいる。その念願が叶う可能性がある。だから、楢井は普段の楢井ならありえない寛容さを見せていた。
前回の試合後、先輩との際どい悶着もあったが、日明はまったく気にする風もない。普通に練習にも出ていた。むしろ隆史の方が気にしているくらいだった。先輩連中も、いくら先輩とはいえ、日明の実力は認めずにはいられなかった。日明の実力は圧倒的で、どうしても及び腰になってしまう。それに、先輩連中も、日明がいなければ全国は無理だということは分かっていた。だから、内心気に食わないと思ってはいも表立って強くは言えなかった。結局、時間が経つにつれ、前回のことは不問という形に自然となっていた。
「マジで驚いたぜ。まさか楢井が、俺とお前使うとは思わなかった」
試合後、駅への道を二人で歩きながら、隆史が驚いた表情で隣りの日明を見る。
「やっぱ言ってみるもんだろ」
「う~ん、まあ・・、そうなのか?」
隆史はしかし、一人首を傾げる。確かに言ってよかったのかもしれないが、監督と先輩をかなり怒らせてしまった。そのことを隆史は気にしていた。
「実際お前のスルーパスから俺が点取っただろ」
だが、そんなこと日明は全然気にしていない。
「まあ、そうだけど・・」
この日、県内では割と強豪と言われている神大工業高校との第三戦、東岡第三は危なげなく快勝していた。この試合、日明は水を得た魚のように生き生きとプレーしていた。やはり信頼できる隆史というパサーがいると、日明も動きやすいらしい。今日の日明はいつも以上に、のびのびとキレキレのプレーを見せていた。
「お前だけだぜ。俺が見えてるのは。友だちだから言うんじゃねぇぜ。ほんと俺の動きが見えてるのはお前だけだ」
日明は隆史を見る。
「・・・」
日明にそう言われ、隆史もまんざらでもない。それに、自分でもその視野の広さ、パスのセンスには自信があった。日明がそんな自分を信頼して走り込んでくれているのも分かった。それを自分が見えているのも分かった。これは試合中二人にしか分からない感覚だった。そのことも隆史には分かっていた。
「今日だって、他の連中なんて、全然見えてなかったぜ。俺が何度動きなおししても、全然パスを出さねぇどころか見えてすらいねぇんだ。ほんと使えねえ奴ばっかだよ」
日明は憤慨しながら言う。実際、隆史は相手の強固な敵陣を一発で切り裂くような鋭いスルーパスを何本も日明に通していた。あまりの精度とタイミングに敵陣のベンチからも、思わず「おおっ」という声が上がるくらいだった。
「俺とお前がいれば絶対いけるぜ。全国」
日明は力強く隆史を見た。
「ああ」
隆史も日明を見た。
「俺たちは最強コンビだ。はははっ」
日明は隆史に抱き着くようにその首に手をまわした。
「俺たちが行かなくて誰が行くんだよ。はははっ」
日明は突然テンション高く、はしゃぎ始める。
「おいっ、やめろよ」
そう言いながらも、隆史も日明と一緒になって笑った。そんな二人で騒ぐ姿を、他の通行人たちが何事かと見つめていく。
「ついに準決勝だな」
二人がじゃれあい笑いあった後、隆史が呟くように言った。東岡第三は、南部の春季大会で優勝していたので、シードで最初の二試合が免除されていた。
「ああ、来週か」
二人は再び並んで歩き出した。
「決勝はやっぱ松商だろうな」
「ああ、まあ、勝つけどな」
「準決の南岡は勝てそうだけど、油断はできないな。二年になんかいい選手が何人かいるって噂だぜ」
「余裕だろ、あんなとこ。たしか武井がレギュラーとかだろ」
「ああ」
「あんなのがレギュラーだぜ。知れてるだろ。なんで準決勝まで勝ち上がってるのかが不思議なくれぇだよ」
「あいつ一年でレギュラー取ったんだな」
「あんなのがレギュラーだぜ。先輩に媚びる以外なんの能力もないへっぽこ野郎だっただろ。中学ん時、あんなの」
「一応キャプテンだったけどな」
隆史が笑う。
「要領だけは良かったからな。あいつ。俺ああいうのが最高に嫌いなんだよな」
日明が眉間にしわを寄せる。
「ああ、俺もあいつはあんま好きじゃなかったな。上には媚びるけど、下の奴にはかなり威張ってたからな。裏と表の顔が激しかったな。典型的なスネ夫タイプ」
「あいつ、顧問の藤沢にも気に入られてたよな」
「ああ、そうそう、めっちゃ気に入られてた。ほんと、あいつはああいうところは天才的だったな。いつの間にか先輩ともめっちゃ仲良くなってるしな。才能なんだな。ああいうのも」
隆史が感心しながら言う。
「でも、試合じゃ全然使えないっていうな。なんであいつがレギュラーなんだよ。線は細いし、小学生からサッカーやってる割に全然うまくねぇし。どんだけ人材いねぇんだよ。うちの中学」
「まあ、メンバーはひどかったな」
日明のいた東部中は、日明と隆史以外ほぼ素人レベルで、さすがに日明と隆史の二人だけががんばっても限界があった。二人が三年時の中体連県予選も三回戦で負けていた。
「ほんとひどかったな。あの部は」
日明が吐き捨てるように言った。
「弱かったなぁ」
隆史も素直に嘆いた。
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