第24話 第二戦後半

 ピーッ

 後半が始まる。後半も青陵は前半と同じ戦術だった。日明を徹底マークし、そこを抑え込み、隙あらばカウンターで得点を狙う。

 やはり、その戦術に日明は手を焼いた。東岡第三全体で見ても、一応追いついたとはいえ、日明を押さえられ攻撃のペースが掴めていない。

 そんな流れのままで後半も十五分が過ぎた。東岡第三はやはり手をこまねく。日明も自由になれずイライラが募る。日明は予想以上に青陵の戦術にはまってしまっていた。日明は泥沼の中を歩いているかのように、足が重く、思うように歩けない苦しみの中にズルズルと沈んでいた。

 時間だけが、無情に流れ、現状を打破できないまま試合は膠着していく。

「クソッ」

 抑えられている日明の現状に、隆史もベンチから歯噛みして見ている。

 日明は青陵の戦術の中で一人囚われの身に等しかった。だが、日明を救う選手も作戦もなかった。

「どうしよもないのか・・」

 隆史は試合を見つめながら、自分が試合に出られない悔しさが募っていた。

 だが、後半も半ばに近づき、さすがに選手たちにも疲れが出始めて来た。それに伴い、日明についていたマークやプレスが若干緩く、遅れ始めた。

 その小さなちょっとした隙に、日明の目は鋭く光った。そして、ボールが日明に入ったその時だった。日明はボールを受ける前に、まず自身の体を、ついていた高井に当てた。そして、小さなスペースを作りボールを受ける。プレスも遅れているのでそこに若干の自由も生まれた。その小さなスペースと自由があれば日明には十分だった。

 日明は、遅れて日明に迫る高井を背に、囲みに来る三人の相手選手を足先の巧みなボールさばきで次々かわす。青陵の選手たちは日明からボールを奪いきることができなかった。そして、日明は、青陵の囲みを突破した。人数をかけて囲んでいただけに、そこを突破された青陵の守備には広大なスペースがある。そうなると青陵としてはもう致命的だった。

 必死で高井も追いかけるが、日明はそのままスピードに乗ったドリブルで一人、二人と相手ディフェンダーを難なくかわし、ゴール前まで行ってしまう。もう誰も止められなかった。青陵の選手たちはなす術がなかった。そして、ゴール前まで行くと、そのまま日明はシュート練習の時みたいにかんたんにゴール右上にシュートを決めてしまった。

 日明が右こぶしを今までさんざんマークしてきた連中に見せつけるように突き上げる。青陵の選手たちはうなだれるしかなかった。完全にやられた。完敗だった。

 そこからはもう青陵に日明を止めることは出来なかった。一度破れたた網はもう魚を捕まえて置くことは出来ない。日明の封印は解かれてしまった。今まで抑え込まれていた時間とエネルギーを取り戻すかのように日明は爆発した。サイドから、中央から、日明は次々と相手守備陣を突破し、ゴール前に迫り、次々シュートを叩き込んでいく。

 青陵の戦術は完全に壊れた。カウンターも日明を押さえられなければきっかけすらがつかめない。

 青陵は試合を通して日明を抑え込むことは出来なかった。結局、前半のいい時だけ何とか抑えられたに過ぎなかった。

 前半てこずったが、試合はしかし、終わってみれば七対一と東岡第三の快勝だった。

「お疲れ」

 試合が終わり、隆史が引き上げてくる日明に声をかける。しかし、日明はむっとしたまま何も答えない。

「おいっ、どうしたんだよ」

 日明は、なぜか試合が終わっても機嫌が悪かった。そして、日明は隆史を素通りして、そのまま監督の楢井のところへとずかずかと大股で歩いてゆく。

「おいっ」

 そして、日明はいきなり楢井に向かって怒鳴った。全員が、驚いて日明を見る。

「なんで隆史出さねぇんだよ」

 そして、日明は楢井に食って掛かった。

「お、おいっ」

 隆史が慌てて後ろから日明を止めに入る。

「なんで隆史使わねぇんだよ。おまえ頭沸いてんのか」

 日明は、監督である楢井にもなんら恐れることなくブチギレる。

「おいっ、やめろ」

 隆史が叫ぶように止める。いくら日明がすぐれた選手だったとしても、体育会系の世界では、監督は絶対的な神以上の存在。そこにたてつくということはありえないことだった。

「パスが来ねぇんだよ。俺のとこにパスが」

 日明は全身で怒りを表現しながら激高する。

「す、すみません」

 隆史は、日明の横で平身低頭楢井に頭を下げる。

「パスが来ねぇんだよ」

 だが、怒り心頭の日明はさらに怒り叫ぶ。

「・・・」

 楢井は黙ってそんな日明の前に立ち続けていた。その黙っているところが逆に不気味だった。しかし、日明はまったく怯まない。

「隆史出せよ。どこ見てんだよ。お前選手見る目あんのか」

「おいっ」

 その時、先輩の一人が日明に向かって叫んだ。

「お前いい加減にしろよ。監督に向かって」

 これには普段日明に対しては及び腰の先輩たちも、さすがに怒り出した。

「何様だ。てめぇ。一年のくせに」

 次々、二年三年のレギュラークラスの先輩が日明に詰め寄る。

「うるせぇ、だったら、ちゃんとパス出せよ」

 だが、日明がすごむと、先輩たちは黙った。確かに、試合中、試合に出ていた先輩たちは日明のレベルにまったくついていけていなかった。それは彼ら自身が痛感していた。

「だからって、監督に対してその態度はなんだ」

「うるせぇ、偉そうに言うな。下手くその癖に」

「な、て、てめぇ・・」

 さすがにこの物言いには先輩もキレる。その場は一瞬にして一触即発の状態になった。

「す、すみません。すみません」

 そこに隆史が入って必死に頭を下げる。

「まともなパス出せるようになってから言え」

 それでも日明は止まらない。日明に対峙している先輩たちの顔は、怒りで真っ赤になっていた。もう、いつ殴り合いが始まってもおかしくないような状況だった。

「使えねぇんだよ。お前ら」

 そこにさらに日明は言う。

「なんだと、テメェ」

 もう、先輩たちは怒りに身を任せ日明に踊りかかった。

「お前いい加減にしろ」

 その時、先輩が日明に掴みかかる寸前、隆史が、日明に向かって思いっきり怒鳴った。

「・・・」

 あまりの大声と迫力にその場は一瞬静まる。踊りかかった先輩たちもその場に固まった。そして、日明もさすがに黙った。

「いい加減にしろ。先輩たちにあやまれ」

 さらに隆史が日明に顔を近づけ怒鳴る。

「・・・」

 日明は、そんな目の前の隆史を睨みつけるように見ていた。

「監督にもあやまれ」

 さらに隆史が言う。だが、日明は、先輩にも楢井にもあやまることなく、そのままみんなに怒りを滲ませた背を向け行ってしまった。

「・・・」

 全員茫然とそんな日明の背を黙って見つめ、そのまま見送った。

 しばらくして、ふと我に返った隆史は、一人そんな日明を追いかけた。

 

「おいっ、待てよ」 

 隆史が日明に追いつき声をかける。

「いくら何でもあれはまずいぞ」

「うるせぇよ」

 日明はまだかなりキレていた。

「お前がいたらあんなにてこずることなんてなかったんだ。俺がマークを振りほどいて走ってんのに誰も見てねぇんだよ。そのタイミングでボール出せる奴が一人もいねぇんだよ。だから 俺一人で囲みを突破するしかなかったんだ。それであんなにてこずっちまった。ほんとに誰も見てねぇんだぜ。アホみたいに突っ立ってるだけ。マジで試合の途中で帰ろうかと思ったぜ」

「でも、あの言い方はないだろ」

「うるせぇよ」

 日明はズンズン行ってしまう。それを隆史は追いかける。

「でも、さすがにマジで退部になるぞ」

「大丈夫だよ」

 日明は荷物を置いてあった校舎脇の軒下に辿り着くと、そのまま着替え始める。

「すごい自信だな」

「俺がいなきゃ全国絶対無理だからな」

 日明は臆面もなく言い放った。

「まあ、そうだけどなぁ・・」

 隆史も着替え始める。

「今まで私立のくせに創立以来一回も全国出たことないんだぜ。だから、必要なんだ。俺が。私立は、経営と名誉が一番大事だからな」

「・・・」

「こう見えてもちゃんと計算してんだぜ。ただ闇雲に無茶してるわけじゃねぇんだ」

 そう言って、日明は自分の頭を指差して、とんとんと叩いた。

「全国行ったらそれでまた生徒が集まるだろう。そしたら経営的にもおいしいんだ」

「なるほど」

「俺だってちゃんと分かってんだ」

「お前がそこまで見ていたとはな」

「名誉と金のためだったらあいつらはなんてなんだってする。見え透いてんだよ。あいつらは俺が影で何やってっか知ってんだよ。全部」

「そうなのか」

 隆史は少し驚く。

「ああ、そして、俺は逆にそれを知ってる。そういうもんだ。大人の世界なんて。そんなもんだ」

「・・・」

「この間だって、俺とお前がバイク乗ってる時、数学の前田の車追い抜いたんだぜ」

「あっ?マジか」

「ああ、そん時俺と前田、目が合ったんだぜ。そしたら、向こうが目を反らすんだからな」

「マジか」

「マジだよ」

「全然気づかなかったな・・」

 隆史は愕然とする。

「そんなもんなんだよ。大人なんて。子どものためとか社会のためとか偉そうなこと言って、結局自分たちの金や名誉のことしか考えてねぇんだよ」

「・・・」

 隆史は言葉もなかった。

「大人なんてちょろいもんだぜ。自分の立場が一番大事なんだから、それが脅かされるようなことになったら、絶対余計なことはしないんだ」

「・・・」

 日明は、切りつけてくる相手の刀をその一寸手前でかわすことのできる武士のように、完全に大人を見切っていた。

「さっ、帰ろうぜ」

 着替え終わった日明が言う。

「ああ」

「ああ、腹減ったラーメン食ってこうぜ」

 気づけば、あれだけキレていた日明はもう平然としていた。

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