第23話 大会第二戦
純が、練習の合間に一年の仲間と気軽にだべっていた時だった。珍しく、普段あまり愛想もよくない先輩の酒井と肥後が、その輪の中に話しかけてきた。困惑しながらも、当然、一年としてはうれしい。みんな少し先輩にビビりながらではあるが、精いっぱい愛想よく話しかけてくる先輩たちの受け答えをする。そんな一年たちに肥後も岡田も気さくに接する。その場にいい感じのほんわかとした空気が流れた。
だが、二人は純にだけは絶対に話しかけなかった。目を見ようともしなかった。まるで純がその場にいないかのような振る舞いだった。それが純に対しての嫌がらせであると、純はすぐに気づいた。そもそもそれが目的であると・・。
「・・・」
純は一人、どうすることも出来ず、盛り上がるその輪の片隅でうつむいた。
第二戦の相手は、地元の進学校、青陵高校だった。東岡第三からは一駅しか離れていない、隣り町にある同じ地元の高校だった。青陵高校は、県内有数の公立の進学校でありながら、スポーツもなぜかそこそこ強く、侮れない相手だった。
だが、私学である東岡第三は、公立に、しかも進学校に負けるわけにはいかない。東岡第三は特待生もとっていたし、それなりにお金をかけた恵まれた練習場も用意され、練習も公立高校に比べればかなり厳しいものだった。
この日、日明は先発で使われていた。前回の試合のインパクトが強く、楢井も使わざる負えなかった。
「うぜぇんだよ」
だが、この日、日明は機嫌が悪かった。
「まったくしつこくマークしやがって」
青陵は日明にボランチを一人、マンツーマンでつけ、執拗に日明に食いつかせていた。それに加え、さらに日明にボールが入ると、すぐに複数人で囲み、日明に自由を与えないようにしていた。日明は研究され、徹底マークされていた。
「ちゃんとファールとれよな」
審判の横をすれ違いざま日明は睨みつける。審判に対しても日明は態度がデカい。
マンツーマンに日明はかなりイラついていた。さすがの日明も、そこまで徹底マークされ、さらに複数人に囲まれると、てこずった。それに青陵高校の選手は、特別うまいわけではないのだが、負けん気だけは強く、しかも進学校でありながらなぜかガラの悪い選手が集まっていた。その気の強い感じに、日明の気の強さも反発する。
日明のイライラが時間と共に募っていく。それも作戦なのだろう。日明の気性も研究され、わざとイラつかせるように仕向けているふしがあった。ボールと関係ないところで、日明に体を当てに行ったり、常に手で日明の体に触れたり、審判の見えないところで服を引っ張ったりと、さらに日明が嫌がることをちょこちょこ巧妙にやって来る。日明はその青陵の巧妙な罠にズルズル落ちていた。
日明のマークについていたのは、県選抜に選ばれているこの地域では割りと名の通った高井という選手だった。県選抜に選ばれるだけあって、ボランチの彼は、身長も百八十あり、体格もよく、体も強かった。さすがに他の一般の選手とはレベルが違っていた。その選手にずっとつきまとわれ、さすがの日明も手を焼く。
「ギリギリギリギリ」
日明の歯が軋みだした。
「やばいな」
それを見て隆史が呟く。日明は本気でキレ始めると、歯ぎしりを始める。
日明は完全に抑え込まれていた。そんな日明をサポートするチーム力や戦術が東岡第三にはなかった。日明にそれだけの数のマークが集中すれば、他の選手が空くはずなのだが、そのチャンスをまったく生かせないでいた。日明にボールが入った時のサポートが遅く、そして、パスを呼び込む動きも日明のリズムとズレていた。日明がマークされているのならば、他のフリーの選手が、ボールをもっと呼び込み、そちらから攻めるという手もあった。力関係で言えば、東岡第三の方が上で、本来なら特に日明に頼らなくても勝てるはずだった。
しかし、試合はそうは流れていかない。日明に頼り切った意識と姿勢が、日明をマークされることでノッキングしていた。そこを青陵は突く。
地力に勝る東岡第三がその力で攻め上がるのを、その日明の部分でのノッキングで奪い、一気にカウンターで攻め上げる。これが、この試合、見事に効いた。
「ああっ」
東岡第三のベンチから声が漏れた。
三回目の青陵のカウンターの時だった。スルスルとゴール前まで行った青陵が、そのままあっけなくゴールを突き刺す。東岡第三は前半の早い時点であっさりと失点してしまった。
「・・・」
前半の早い時点での失点。しかも、相手は格下。まだ十分に時間はあるし、勝てる要素は多くある。しかし、東岡第三のメンバーに不穏な空気が流れる。青陵には今年、日明がさぼっていない時に、練習試合で一度負けた経験があった。そのことを東岡第三の選手全員が脳裏に思い出し、嫌な予感を感じていた。東岡第三は、過去の予選でも、なんてことない公立の高校に負け、予選敗退という経験をしている。またか。と誰しも頭の片隅に思った。一度起こった不安というものは中々拭えない。メンタルを切り替えるのは、特に試合中では難しい。
「あっ」
そして、さらに悪いことに、そのすぐ後に、徹底的なマンツーマンマークにイラついていた日明が、ついていたボランチの高井に肘撃ちを食らわせてしまう。これでイエローカードが日明に出た。
「なんで、俺なんだよ。こいつが服引っぱってんだろ」
日明は怒りを爆発させる。日明からしたら、引っ張った服を払おうとして当たったということなのだろう。だが、これ以上言うとレッドカードが出る可能性があった。こんな時、隆史がいたら、止められるのだが、今日のこの日も隆史はベンチだった。
「おいっ、聞いてんのかよ」
他の選手たちが日明の間に立ち、審判から引き離すが、それでも日明は毒つき、さすがの理性的な審判員も、表情を険しくする。高校生年代や子ども年代には審判も若干寛容なところはあるが、日明のこの態度には、レッドという判断もありえる緊張が走った。
その後、何とか日明をなだめたチームメイトたちだったが、嫌な空気感はさらに加速度を増してチームを襲っていた。この日、日明という存在が、チームを悪い方悪い方へと流していた。
前半四十分が過ぎても、日明は状況を打開できずにいた。イライラはさらに募る。自らのイライラで日明は、空回りし、さらに自滅してゆく。イライラが募れば募るほど、相手にとっては思うつぼだった。
日明という最大の武器を封じられ、試合のペースは完全に青陵に傾いていた。東岡第三は攻めてはいるのだが、カウンターを恐れ、腰が引けその攻撃はまったく精彩を欠いていた。青陵にとってまったく脅威になっていない。
そんな中、東岡第三の苦し紛れの遠目からのシュートが相手選手の足に当たり、そのままゴールラインを越えた。そして、久々の東岡第三のコーナーキックになった。こういう悪い流れの時、セットプレーは大事にしたかった。
「コーナーキック俺に蹴らしてくれよ」
だが、この時、日明は何を思ったか、突然コーナーにひょこひょことやって来て、いつも蹴っているキッカーに自分が蹴りたいと言い出した。
「えっ」
言われたキッカーは困惑する。だが、日明はその二年の先輩キッカーを有無を言わせない目で見返す。
「あ、ああ・・」
キッカーの先輩は、戸惑いながらもそのまま譲ってしまう。キッカーは一応、監督からの指示で、決められていたし、チームとしての約束事だった。それにどこに蹴るかといった、サインや約束事もある。
「何やってんだ」
なぜ、突然、日明がコーナーキックを蹴りたがったのかみんな不思議がった。高校に入ってから、点を取ることしか考えていなかった日明は、今までコーナーキックなど一度も蹴ったことはなかった。
「あいつ何やってんだ」
隆史でさえ、よく分からなかった。だが、我がままで気まぐれな日明のやることに、誰も何も言えなかった。結局なんだか分からないまま、日明がコーナーを蹴ることになった。
訝しむ周囲の視線を浴びながら、日明はコーナーにボールをセットし、ゴール前を見つめながらゆっくりと助走をとった。そして、日明はコーナーを蹴った。日明の蹴ったボールは大きく曲がりながら、ゴール前に向かう。コーナーキックにしては球速が速い。しかも、そのボールはゴール前の選手たちではなく、それを越え、反対側のゴールラインの方に飛んで行く。ボールに合わせようとする味方の選手たちがその軌道を訝しみ、そして戸惑う。何かがおかしい。相手ディフェンダーもゴールキーパーもそれを察した。しかし、おかしいと気付いた時にはもう遅かった。
「おっ、おおっ」
その軌道を目で追っていた観衆から声が漏れた。
日明の蹴ったボールは、キーパーの伸ばした手を越え、ゴール前に立っていた相手ディフェンダーの頭を越え、そのまま反対サイドのゴールネットに突き刺さった。
「・・・」
ゴール前にいた選手全員が、その光景を見て時が止まる。何が起こったのか、味方の選手でさえ一瞬分からなかった。
「おおおおっ」
だが、ベンチや周囲からは大きな歓声が上がった。そこで初めてコーナーキックが直接ゴールインしたことが分かった。日明は直接コーナーキックを決めてしまった。
「・・・」
相手選手たちは茫然とする。味方の選手たちでさえも一瞬茫然としていた。全く想定も、予想すらできない事態だった。
低いレベルの世界では、相当に技術がある選手なら、コーナーキックを直接決めるという神業的なシュートも可能だった。だがそうは言ってもそれは、相当に難しいことだった。だが、日明はそれをやった。しかも試合本番で。
「あいつは・・」
隆史も絶句していた。
日明は想像を超えた、予想をはるかに超えた選手だった。そのことを味方の選手も含め、あらためて全員が気付かされた。
「なんだあいつは・・」
日明を快く思っていない先輩たちからも、思わずそんな言葉が漏れるほどだった。
だが、当の日明は、自分がやったことにも関わらず、コーナーに立ったまま、その場で両掌を上に向け、外人みたいな大げさなポーズでおどけるようにして肩をすくませていた。
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