第19話 クソ
「大体、一年の主将がなんで児玉なんだよ」
その帰り道、怒りのおさまらない日明はぶつぶつと愚痴りながら歩く。
「いい奴じゃねぇか。それに特待生だし、サッカーはうまいぞ」
児玉は特待生で、小柄だが力強い突破力を持っていた。
「まじめ過ぎて全然面白くねぇよ。何なんだよあいつは。俺まだ一言もまともに口利いたことねぇぜ」
「俺もあんましゃべったことはないな」
隆史もそこには同意する。
「まったく、どんな目してんだよ楢井は。選手選考もおかしいしな。だから、全国一回も行ったことねぇんだよ。この学校は」
児玉を一年の主将に指名したのは、監督の楢井だった。
「一年の主将だったら、ぜってぇ、お前の方が主将に向いてるぜ」
日明は隆史を見る。
「はははっ、そんなことはないだろ」
「いや、絶対お前の方が主将に向いてる。どう考えてもお前が主将だろ」
丁度その時、二人は野球部の練習グラウンドの横に差し掛かった。
「野球なんか何がおもしれぇんだよ。小さい時おやじがよくテレビで見ててさ、それに付き合わされてもう退屈で死にそうだったぜ。自分が見たいテレビ全然見れねぇしよ」
その野球のグラウンドを横目に睨むように見ながら日明が毒づく。
「そんで、散々ぱら見させられて、九時になってやっと終わる時間だと思って喜んでたら、テレビ中継延長いたしますとか言い出すしよぉ。ったく、ダラダラ、ダラダラ、いつまでもやりやがって」
「そうそう、それで録画ビデオ録れてないっていうな」
隆史が笑う。
「ほんとむかつくぜ。野球。ほんとこの世から抹殺して欲しいよ。西村ごとな」
「はははっ」
隆史が笑う。
「ボールを木の棒で打ったから何だってんだよ。意味分かんねぇよ。大体夏にソックス二重履きすんな」
「はははっ、お前そこめっちゃツッコむよな」
隆史は笑う。以前にもそれを日明は怒っていた。
「おいっ、お前メジャーリーグ見たか?」
日明が隆史を見る。
「ああ、映画の?」
「そう、あれなんか、最後のオチ、ホームラン予告してバントだぜ。どんだけ卑怯なんだよ」
「はははっ、確かに、でもお前も見てんじゃねぇか」
「女に映画館付き合わされたんだよ。どうしても見たいとか言ってさ。チャーリーシーンの大ファンなんだとよ。もうほんと吐き気がしたぜ。野球なんて。なんであんなのが人気あんだよ。訳分かんねぇよ」
「戦後日本がアメリカに統治された影響だろうな」
「アメリカ?」
日明が隆史を見る。
「お前戦後の歴史知らないのかよ」
「知るかよそんなもん。そんなもんクソの役にも立たねぇよ」
「いや、立つだろ」
「それにしてもクッソッ、あの西村の野郎」
日明は突然、思い出し怒りに顔を歪めた。
「太輔とか言って時代錯誤な名前しやがって。クソッ」
怒りの矛先は今度は西村へ変わった。
「野球野球って、野球バカ一代か。スポコン野郎。ドカベンの見過ぎなんだよ。クソッ」
西村は、努力根性が大好きで、部活後にも一人昭和な過酷自主練を夜中までしているという噂だった。体型も似ていることから、影でみんな彼をドカベンと呼んでいた。
「お前たち昔から犬猿の仲だったもんな」
「あいつは野球部でも浮いてたぜ」
「確かに、うちのクラスの野球部の奴も、野球バカ過ぎてあいつうぜぇって言ってもんな」
「頭がおかしいんだよ。あいつはクソッ」
日明の怒りはまったく収まらない。
「クソクソ言ってたら、なんかクソがしたくなってきた」
その時、日明が突然言った。
「あ?」
隆史が日明を見る。
日明は、急に方向を変えて、野球グラウンドの隣りに立つ、野球部の部室の方に歩き出した。そこにはもちろん誰もいない。
「おいっ、どこ行くんだよ」
隆史が驚いて声をかけるが、日明はずんずんそのまま行ってしまう。
「トイレなら校舎に戻った方が早いぞ」
隆史が言うが、だが日明は止まらない。
そしてついに野球部の部室の前まで来てしまった。
「おいっ、どうすんだよ」
隆史は日明の背中に声をかける。隆史は訳が分からない。
野球部の部室の前には野球のヘルメットがきれいに一列に並んでいた。それを日明は順番に眺めていく。
「おいっ、何してんだよ」
訳の分からない隆史が日明に再度声をかける。
「これだな」
日明は並ぶヘルメットの一つに目星をつけると一人呟くように言った。
「あ?」
隆史はますます訳が分からない。すると、そこでいきなり日明がズボンを下ろした。
「お、おいっ」
隆史は驚く。
「これでも食らえ」
そして、並んでいるヘルメットの一つをひっくり返すと、そこにしゃがみ込んだ。
「おいっ、何してんだよ」
隆史が慌てる。
ブリブリブリブリ~
そこに轟音のような、音が鳴り響いた。
「おいっ」
隆史はさらに声を大きくする。だが、日明はまったく頓着しない。
「ふぅ~、すっきりした」
そして、しばらくすると、日明が満足そうな顔で立ち上がった。
「すっきりしたってお前な・・、あ~あ」
隆史が覗き込むと、ヘルメットの中には日明の見事が一本グソがとぐろを巻いていた。よく見ると、それは西村の背番号の書かれたヘルメットだった。
「いやあ、今日もパーフェクトなクソが出たな。お尻なんか拭く必要がないくらいのキレッキレのクソだ」
日明は自分で自分のクソを眺めながら絶賛する。
「あいつにはクソがお似合いだ。クソ野郎だからな」
日明は一人うなずきながら、ズボンを上げ、ベルトを締める。
「しかし、よく出たな・・、こんなとこでいきなり・・」
隆史は呆れながらも感心する。
「ずっとクソがしたかったんだよ」
「それにしても・・」
「さっ、帰ろうぜ、あ~あ、なんかほんと、すっきりしたわ。やっぱむかついた時にはクソに限るな」
戸惑う隆史に対し、日明は一人晴れ晴れとした表情で思いっきり伸びをする。そして、そのまま歩き出す。
「お、おいっ」
茫然としていた隆史は、その後ろを慌てて追いかけた。
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