第18話 西村太輔

「しっかし、かったりいな」

 日明がぼやく。

「なんで筋トレなんだよ」

「まあまあ、そうぼやくな」

 その横で隆史は与えられた数の筋トレをまじめにこなしてゆく。

 この日は雨で、一年は、室内で筋トレを命じられていた。いつもはレギュラーメンバーと一緒に練習をする日明と隆史だったが、三年生が、この日、受験説明会で練習不参加ということになり、一年に混じっての練習となっていた。

「久々に練習出てみればこれだよ」

 日明は、やる気もへったくれもない。

「筋トレも大事だぞ」

 隆史が筋トレを続けながら諭すように言う。

「筋肉なんてのはさ、ない奴がつけるもんだろ。俺はあるんだからさ。もう必要な筋肉がさ」

「それをさらに鍛えたらもっとすごくなるだろ」

「鍛えなくてもついちゃうんだよ。俺さまの場合はさ。DNAが違うからさ、DNAがさ」

「はいはい、分かったから、早くやれよ」

 隆史は、日明の冗談に付き合わず一人筋トレを続ける。

「まったく、お前は冷たいねぇ」

 しょうがなく、しぶしぶ日明も、一番楽な腹筋からやり始めた。

「よおっ」

 そんな、やっと筋トレを始めた日明に誰かが声をかけて来た。日明が顔を上げる。

「なんだよ」

 そいつの顔を見た瞬間、日明の眉間にしわが寄る。それは野球部の西村だった。その後ろには野球部の一年が並んでいる。日明は西村を睨むように見上げる。西村と日明は小中と一緒で知った仲だった。

「ちょっとそこ空けてくれよ」

 西村がぶしつけに言った。

「はあ?なんでだよ」

「俺たちも室内練習してぇんだよ」

 野球部も似たような事情なのだろう。筋トレ場所を探していたらしい。

「知らねぇよ。他行けよ。ここは俺たちが使ってんだよ。見りゃ分かるだろ」

 日明たちサッカー部は、バトミントン部が休みなのを幸いに、小体育館を使って筋トレをしていた。

「俺たちは人数が多いんだよ」

 西村が背後の部員を見ながら言った。野球部の一年は、一年だけで五十人近くいた。

「だからなんなんだよ。俺たちの方が先にいたんだよ。お前たちがどっか行け」

「行くとこねぇから頼んでんだろ。お前ら二十人くらいだろ。だったら、あっちの入り口の隅か、渡り廊下でも出来るだろ」

「二十五人だ」

 隆史が日明の隣りから言った。

「同じだろ」

 西村はすぐに言い返す。

「お前らが工夫してどっか隅でやれ。なんで俺たちがわざわざ動かなきゃいけねぇんだよ」

 日明が苛立たし気に答える。西村の物言いに、日明はすでにキレる寸前まで来ていた。西村は野球狂と言えるほどの野球バカで、さらに日明は大の野球嫌い。二人は小学生の頃から犬猿の仲だった。

 さらに中学の時は、サッカー部と野球部は校庭を北側と南側で分けて使っていたのだが、サッカーのゴールと、野球の外野のセンターとの位置がかぶり、その境界線で野球部とサッカー部はいつも揉めていた。その因縁もあった。

「俺たちは全国目指してんだよ」

 西村が言った。

「俺たちだって目指してるよ」

 日明が言い返す。

「でも、お前たち一回も行ったことねぇだろ」

「これから行くんだよ」

 野球部は、常連ではないが過去に何回か甲子園に出場していた。

「サッカーなんてマイナーなスポーツだろ。どっか隅でやれよ」

 西村は野球を中心にしか考えない男で、こういうことを平気で言えた。だから、中学の時は、日明を始め、サッカー部以外でも多くの人間が彼を嫌っていた。

 それに野球は日本ではメジャーなスポーツで、甲子園はテレビで全国中継されるため注目度も高く、学校にとって知名度と体裁を上げるいい宣伝になる。だから、学校側も野球部に重きを置いていた。そのことが自然と生徒たちにも暗黙裡に伝わり、自然と野球部は、学校内でどこか上に見られるようなところがあった。だから、野球部の部員たちは、どこか傲慢で態度がでかくなっていた。さらに、もともと西村は独善的で自己中なところがあり、野球人気を背景に威張るような態度をする人間だった。

「なんだとこの野郎」

 日明が声を荒げる。

「世界的に見たら、野球の方がマイナーだな」

 これには隆史も言い返した。西村の独善的な性格は人の良い隆史も嫌っていた。

「サッカーなんて、日本のどこでやってんだよ」

 西村が、ため息交じりに言った。

「あ?」

 日明が西村を睨みつける。中学の時の西村もこんな感じだった。それに対し、日明は何度となくキレた。

「見たことねぇぞ」

 西村はこういう人を小バカにしたような嫌味が得意だった。

「ここでやってんだよ」

 日明はついに立ち上がり、西村に威圧するように顔を近づけた。西村はそれを澄ました何とも嫌味なニヤけた顔で迎え撃つ。それがさらに日明を激高させた。

「てめぇ~」

「変わってねぇな。お前は」

 西村はさらにニヤニヤと挑発するように日明を見てくる。

「お前だろ。それは。その嫌味な顔は全然変わってねぇぜ」

 日明はさらに、西村のその固太りしたような寸胴体型の上に乗っかっている四角い童顔に顔を近づける。そこで一気に一触即発の空気が湧き上がった。その場にいた一年のサッカー部員と野球部員全員が、それを緊張した面持ちで見つめる。

「まあまあ」

 すると、そこにサッカー部の一年の主将の児玉がやって来て、二人の間に入った。

「俺たちはあっちに行こう」

 児玉が日明を見る。

「はあ?なんでだよ」

 日明が小柄な児玉を見下ろす。児玉は人が良く、それだけでキャプテンに任命されたような人間だった。

「俺たちの方が人数少ないし、あっちでもできるだろ?」

 児玉が諭すように言う。西村は日明を見てニヤニヤと笑っている。

「ギリギリギリ」

 日明の歯が激しくきしむように鳴った。

「日明やめとけ」

 さすがにこれはやばいと思った隆史も間に入った。歯をきしませる時の日明はやばかった。隆史はそれを知っていた。だから、隆史も西村の物言いにはむかついていたが、暴走しそうな勢いの日明を隆史も止めた。

「日明ッ」

 それでも西村を睨みつける日明に、隆史が力を入れて言う。

「チッ」

 大きな舌打ちを思いっきり鳴らし、ギロリと西村を睨みつけ、しぶしぶ日明は西村から体を離した。

 そして、そのまま背を向け行ってしまった。

「おいっ、どこ行くんだよ」

 隆史が慌てて声をかける。

「帰る」

「おいっ」

「お前も帰ろうぜ。終わったんだろ」

 日明が振り返る。

「ん?ああ、まあ・・」

 隆史は与えられたメニューをすべて終えていた。

「どうせ、今日は先輩も楢井も来ねぇぜ」

「そうか・・、まあ、それもそうだな・・」

 隆史も、結局、このままいても時間つぶしをするしかない状況だと思い至り、日明と一緒に帰ることにした。

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