第17話 練習試合のその帰り道

 この日の試合は日明の大爆発で、練習試合とはいえ二十対0というサッカーではありえないスコアで東岡は大勝した。

「はあ~」

 しかし、その帰り道、日明は一人ため息をついている。

「どうしたんだよ。今日は大活躍だっただろ」

 隆史がそんな日明を見る。この日、日明は五回のハットトリックを決めていた。

「はあ~」

「なんだよ」

「はあ~、オーバーヘッド狙ってたんだけどな。決めらんなかったぜ」

「そんなもん、そうそう決まるもんじゃねぇだろ」

「今日はぜってぇ、決めてやろうと思ったんだけどな」

「それで、やたら高い球、高い球って言ってたのか」

「そう」

「まったく・・」

 隆史は、日明のそんな子どもみたいな思考に呆れた。しかし、あの状況で、しかし、そんな余裕と遊び心がある日明をあらためてすごいとも思った。

「でも、すごい試合だったな。お前の独壇場」

 隆史が言った。後半はもう、相手選手たちが戦意を喪失し、完全に日明のやりたい放題だった。

「お前の身体能力はどうなってんだよ」

「俺も自分で怖いわ」

「そういえば中学の時、お前水泳でいきなり中学新とか出したよな」

「ああ、あったな」

「クロールだったか」

「ああ」

「水泳とか習ってたのか」

「全然、体育の授業と遊びで泳いだだけだな」

 日明は首を横に振る。

「いきなりやってあれなのか」

「ああ、ちなみに走り高跳びも記録持ってるぜ」

「ああ、そうだったな。県で二番だったか」

「そう、百メートルも中学記録だったぜ」

「陸上部でもないのに、陸上部よりもすごかったな」

「ああ、あん時、陸上部の顧問が入れ入れってうるさかったぜ。まったく」

 日明は顔をしかめる。日明はその時、誘いを断り切れず、サッカー部員でありながら、何度か陸上部の大会に、陸上部員として出たことがある。

「やっぱ、お前すげぇよな」

 あらためて隆史は思った。やっぱり持っている奴は持っている。努力とかなんとかではない何か。それはある。隆史は強烈にそれを感じた。

「やっぱ才能だな。ほとばしる才能だよ。ワトソン君」

 日明は腕を組み、一人で自分にうなずいている。

「努力は裏切る。でも、才能は裏切らない」

「あ?」

「どうだ。名言だろ」

 日明がドヤ顔で隆史を見る。

「誰の言葉だよ」

「俺様の言葉だ。はっ、はっ、はっ、どうだ」

「はははっ、なるほど、お前にしか言えない言葉だ」

 隆史は呆れながらも笑った。

「俺はそういう星の下に生まれて来たんだな」

 日明は、また一人でうんうんと納得している。

「あのぉ~、日明くん、これ受け取ってください」

 その時、突然背後から、女子生徒が一人日明に近づいて来て声をかけた。

「おおっ」

 二人はあまりに突然で滅茶苦茶驚く。

「なんだよ」

 日明がその女子生徒を見る。

「あの、これ読んで下さい」

 顔の大きさに全然合っていない小さな細い横長のメガネを掛けた、思わずどこの相撲部屋ですか?と訊きたくなるほど、制服がはちきれんばかりにパンパンに太った女子生徒は、何やら手紙を日明の方に差し出している。

「あの、これ読んで下さい」

「あ、ああ・・」

 いつもはそういうのはほとんど受け取らない日明だったが、この時は、驚いた拍子につい受け取ってしまった。

「サッカーがんばってください」

 すると、その女生徒は最後にそう言って、すぐにドスドスと大きな背中を揺らしながら、近くで待機していた友だち二人と共に去って行った。

「・・・」

 日明たちは茫然とその背中を見送った。

「相変わらずモテモテだな」

 我に返った隆史が横から日明に言う。日明が手紙やプレゼントをもらうのはよくあることだった。

「いらねぇよ、あんなブスの手紙なんか」

 そう言いながら、日明は受け取った手紙を胡散臭げに裏表をひっくり返しながら見る。

「でも、お前のファンだぞ」

「知るか。あんなデブ。デブなんか全員養豚場に送ってやればいいんだ。まったく」

「はははっ、それは言い過ぎだろ」

「まったく、なんなんだよあのデブは、突然。せっかく人が気持ちよく自分の才能に酔ってるって時に」 

「そういえばお前、中学ん時、クラスの女子全員に告られてなかったか」

「ああ、もう大変だったぜ。次から次に」

 日明は顔をしかめる。

「モテる奴はモテるんだな。性格悪くても」

「お前、俺のどこが性格悪いんだよ」

 日明は怒って隆史を見る。

「はははっ」 

 隆史は笑った。

「俺ほど性格いい男がどこにいるんだよ」

「はははっ」

「お前でも怒るぞ」

 日明はもらった手紙を思いっきり両の掌で丸めると、道端の草むらに捨てた。

「おいっ、せめて読んでやれよ」

「誰が読むか。あんなデブ。呪われるわ」

「はははっ、なんで呪われるんだよ」

「豚の夢にうなされるわ」

「はははっ」

 二人は、そのまま並んで駅まで歩いて行った。

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