第15話 熱狂と興奮
二人は子どものように興奮して画面にかじりついた。下半身からぞわぞわと痺れるような興奮が二人の中に湧き上がって来る。
「まじですげぇな」
日明が呟く。
「ああ」
世界最高峰の選手たちの一挙手一投足全てが輝いていた。サッカーに興味のない人間が見たらそれは別に大したことのない光景だったのかもしれない。しかし、この時、二人には、そこに映る選手たち全員が神にも似た輝きを放って見えていた。
画面の中の選手の足の動き、ボールタッチ、キック、全てが、美しく、感動的だった。選手一人一人の躍動、呼吸、走り、全てが、神々しく光り輝いていた。
「おおおっ」
フリットの何気ないパスそれだけに二人は度肝を抜かれた。同じキックのはずなのに、その質、精度がなぜか全く違っていた。ライカールとのボールタッチ、ファンバステンの体の強さ。それは異次元の存在が繰り出すまったく未知のサッカーだった。
「やっぱ天才だぜ」
「ああ」
二人は画面にくぎ付けだった。
「なんだよこいつら、ほんと変態だな」
日明が今度はブラジル人選手のドリブルを見て笑う。サンパウロの選手たちのその足元の技術は凄まじく、あまりにありえない足元の動きに、もう笑うしかなかった。
「ははは、確かに人間離れし過ぎてるな」
隆史も笑う。
日本の高校生レベルしか知らない、しかもこの当時、世界のサッカーを見る機会はほとんどなかった二人にとって、世界最高峰の選手たちのその足元の技術は、まるで宇宙の向こう側の別次元の動きだった。
「全然違うな」
日明が画面を見ながら呟く
「ああ」
隆史は生返事しかできない。
「何が違うんだろうな」
「ああ」
二人は完全に圧倒されていた。
「おおおっ」
その時、前半三十分前、フリットの左サイドからのクロスをファンバステンがゴール前でヘディングで合わせ、ACミランが先制した。そのファンバステンのヘディングシュートも、いともかんたんにゴールに押し込んだように見えるが、かなり難しいタイミングと角度だった。
「やっぱ、ミラン強えな」
ミランのゴールに日明が興奮して叫ぶ。
「サンパウロだって、弱いチームじゃないんだけどなぁ」
隆史が首を傾げながら言う。確かに、サンパウロの選手たちの質も、ミランに負けず劣らず恐ろしいほど高い。特に、やはりそのドリブルの技術は別次元に高かった。
二時間はあっという間だった。
「もう終わりか」
気付けば、奇跡のような時間は圧倒いう間に過ぎ去っていた。結局、二対一で前評判通り、ACミランが勝った。
「ふぅ~、やっぱすげぇぜ」
試合が終わっても、興奮冷めやらぬ日明が嘆息を漏らす。
「ああ」
普段冷静な隆史も試合が終わってまだなお息が荒い。
「俺はぜってぇ、ヨーロッパ行くぜ。そして、このピッチに立つ」
日明の興奮は、最高潮に達していた。
「さあ、カレーを食べて」
そこへ隆史の母がカレーの乗ったお盆を持って部屋に入ってきた。
「あっ、ありがとうございます。もうお腹ペコペコ」
日明がうれしそうに、お盆に乗ったカレーを見る。
「はいはい、そう思って、大盛りの大盛りにしておいたからね」
おばさんはうれしそうに日明と隆史の前にカレーと水の入ったコップとサラダの乗ったお盆を置いた。
「うわぁ、めっちゃうまそう」
日明は、手をこすり合わせながら言った。
「いただきま~す」
そして、さっそくカレーの皿を手に取ると日明はがっついた。
「うまい、うまいなぁ、おばさんのカレーはいつ食べてもおいしいな」
「良かったら、昔みたいにいつでも食べに来なさいよ」
「はい」
「そういうこと言うと、ほんとに来るぞ」
隆史が母に言う。
「あら、いいわよ。本当に。日明君だって私の息子みたいなもんなんだから」
「じゃあ、ほんとに来ます」
「ほんとに来てね。たくさんごはん用意して待っているから」
隆史の母は本当にうれしそうに笑った。
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