第14話 隆史の部屋

「無事到着」

 日明が陽気に明るく言う。隆史を後ろに乗せた日明のスクーターは隆史の家の前に着いた。

「寿命が三年は縮んだぜ」

 しかし、その後ろでは隆史が深いため息交じりに言葉を吐く。

「お前、案外気が小せぇんだな」

「お前が大胆過ぎんだよ」

 隆史が即座に言い返す。

「まっ、とりあえず家入ろうぜ」

 しかし、そんな隆史など気にもせず、日明はバイクを下りると、先に隆史の家の方に入って行く。

「俺んちだ。ここは」

「いいだろ、俺ん家みたいなもんでもあるんだから」

 日明は勝手に隆史のうちの玄関を開ける。隆史と日明は幼馴染で、日明はこの家に小さい頃から、自分のうちのように遊びに来ていた。

「こんにちは」

 日明は玄関から奥に向かって叫ぶ。

「あらっ、日明君久しぶりねぇ」

 すると奥の台所から、隆史の母親が顔をのぞかせた。隆史の家は、父親が隆史が小さい頃に病気で亡くなり、母一人子一人の母子家庭だった。「おばさん、こんにちは」

「まあ、男前になったわね」

 隆史の母は、そのままエプロンで手を拭きながら玄関にやって来た。

「ははは、俺はずっと男前ですよ」

 日明がそう軽口をたたくと、隆史の母は笑った。

「お腹空いてるでしょ。カレー作ってあげるから」

「ありがとうおばさん」

「ゆっくりしていってね」

「うん、おじゃましま~す」

 日明は隆史を待たず、そのまま一人上がっていく。そして、廊下の奥にある隆史の部屋の襖を開けた。そして、そのまま勝手に入って行く。

「相変わらず几帳面だな、お前は」

 小学生、中学生の頃は毎日のように遊びに来ていた隆史の部屋だったが、高校に入ってからはしばらく来ていなかった。

「お前がおおざっぱ過ぎんだよ」

 遅れて隆史が入ってくる。隆史の狭い六畳の部屋は小ぎれいに片付けられていた。

「お、お前まだ貼ってんのかよ」

 壁には、小学生の頃から貼ってある、コロンビア代表バルデラマのポスターが貼ってあった。

「当たり前だろ。お前もマラドーナ貼ってただろ。あれ剝がしたのか」

「剥がす訳ねぇだろ。神様だ。神様。サッカーの。今も天井に貼ってあるよ。寝る時毎日拝んでるよ。起きてからも毎日拝んでるよ」

「はははっ、そうか」

「おっ、やべぇ、もう時間だぜ」

 日明はカバンを投げ捨てると、部屋の片隅に置いてある十四インチの古いブラウン管テレビのスイッチを慌てて入れる。

「相変わらず、ちっちぇ、テレビだな」

「文句言うな。人んち来て」

「おっ、間に合ったな」

 テレビはまだCMを流していた。

「なあ、覚えてるか」

「何を」

「少年サッカーん時、テレビで見たフリットの跨ぎフェイント」

「ああ、あれめっちゃ練習したよな」

「チーム全員やってたよな。みんな同じ動き」

「ああ、やったな。お前はすぐものにしてたよな。あの時からすげぇって思ったわ」

「あの頃から俺はなんでもできたな」

「自画自賛かよ」

 相変わらずの日明に、隆史は笑う。

「おっ、始まった」 

 テレビは国立競技場を映す。そのピッチの中に赤と黒のスタライプ柄のユニホームに身を包んだACミランの選手たちが映った。ACミランは、ベンチにまでズラリと並ぶイタリア代表選手に、オランダの三羽ガラスと呼ばれているフリット、ファンバステン、ライカールトといった今世界で最も注目を浴びる若き三選手を加え、今、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。国内でも圧倒的強さでリーグ制覇、そして、今回ヨーロッパチャンピオンをも掴み、今回この日本の国立に来ていた。

「やっぱACミランだよな」

 日明は、興奮を抑えきれず、画面を覗き込むように見つめ、ため息交じりに言う。

「俺は南米派だな」

 その後ろで隆史が言う。相手のサンパウロも、当時、世界最強とうたわれていたブラジル代表をベンチにまでズラリと揃えたやはり精鋭だった。

「何でだよ。お前のパスセンスはヨーロッパだろ」

 日明が振り返る。

「それを言うなら、お前のドリブルは南米だろ」

「俺はヨーロッパが好きなんだよ。真っ白いお肌におっぱいボインボインだぜ」

「そっちかよ」

 隆史は笑う。

「やっぱ、カッコいいぜ。赤と黒のストライプ。たまんねぇな」

 日明は再び画面を覗き込む。日明は子どもみたいに興奮して、ブラウン管の向こう側まで覗き込む勢いで画面を見つめる。生で世界のトップレベルのサッカーが見れるのは、当時の日本では年に一回のこの時しかなかった。

「俺はぜってぇ、あの10番背負うぜ」

 日明は画面に映る、ミランのオランダ代表フリットを力強く見つめた。

「はははっ」

 それを隆史が笑う。

「おれはマジだぜ」

 日明は睨むように隆史を振り返った。

「お前ならいけるかもな」

「俺はマジだぜ」

 日明はむきになって言う。

「よし、俺がミランでお前が南米王者だ」

「なんだよそれ」

「トヨタカップで対戦すんだよ」

「はははっ」

「マジだぜ。マジで言ってんだぜ。俺はヨーロッパでプロになる。お前は南米でプロになれ。そして日本で対決だ」

「無理だろ。プロすら日本人で誰もいないんだぜ」

「だから、俺たちが最初のプロになるんだよ」

「夢のまた夢だな」

「そんなことねぇよ」

「俺が日本人初のプロサッカー選手。お前が二番だ」

「なんだよそれ」

 隆史は笑った。

「そして、俺がハットトリックして勝つ」

「お前は幸せな奴だよ。ほんと」

 隆史はそんな子供みたいに語る日明を笑いながら、テレビ画面を見つめた。

「俺はマジだぜ」

 日明はそんな隆史に、まだあきらめずむきになって食らいつく。

「はいはい。分かった。分かった」

 そんな日明を隆史は軽くあしらう。

「マジだからな」

「はいはい、おいっ、始まったぜ」

 その時、試合のホイッスルが鳴った。

「えっ、おっ、おお」

 日明は慌ててテレビ画面に視線を戻した。

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