第13話 走り出すスクーター
「どうしたんだよ。これ」
隆史がスクーターを見下ろし言う。
「山田先輩に借りたんだ」
「それで朝、電車でお前の姿を見かけなかったのか」
「そう、その通り。僕一人、満員電車の喧騒を離れて、一人優雅にバイク通学ですよ」
日明がおどけた調子で言う。
「それで、なんか早かったんだな。今朝。なんか変だなとは思ったんだよな。いつも遅刻かギリギリのお前が、時間通りに教室にいるから」
「そういうことなのだよ」
「でも、よく貸してくれたな」
「そうだよ。借りるの大変だったんだぜ。もうケチでさ。あいつ。ぶつくさぶつくさ。まったく、おばあちゃんに買ってもらった大事なバイクだからなんとかかんとか、うるせぇったらありゃしねぇ。いいから貸せって、頼み込んでやっと借りてきたんだ」
「それ、頼み込んでない気がするがな・・」
隆史が呟く。
「乗れよ」
日明は、スクーターにまたがった。
「っていうか、お前免許持ってたっけ」
「あるわけねぇだろ。そんなもん」
「大丈夫か」
「俺様に免許なんていらねぇんだよ。いいから乗れよ」
日明は、隆史を振り返り後ろに顎を向けた。
「原チャリの二ケツだめなんじゃねぇのか」
「お前はいちいちまじめなんだよ。そんなんじゃモテないよ。いいから乗れよ」
「いや、俺は亜紀がいるから」
隆史は、そう言いながら、しぶしぶと後ろの荷台にまたがった。
「まだつき合ってんのかよ」
日明が、驚いて振り返り、まじまじと隆史を見る。
「いいだろ別に」
「信じらんねぇよ。中学からだろ」
「ああ」
「もう二年か?」
「いや、中二からだから、三年かな」
日明はあきれ顔で首を横に振った。
「どこがいいんだよ。あんな小っちゃくて地味な奴」
「全部だよ」
「・・・」
日明は、再び振り返り、隆史をまじまじと見つめた。
「なんだよ」
「お前はほんと人がいいね」
日明がしみじみという。
「お前が悪過ぎんだよ。それに人のよさでつき合ってるわけじゃねえから。っていうか、怒るぞお前でも。亜紀をバカにすんな」
「どこがいいだよあんなペチャパイ。世の中は巨乳ブームだぜ。巨乳ブーム。ほんと変わってるよ。お前は」
日明がため息交じりに言う。
「俺はいたって普通だ。お前がおかしいんだ。ていうかペチャパイ言うな。マジで怒るぞ」
「俺はまともだよ。俺以外が全員おかしいんだ」
「おま、ぷっ、はははっ」
日明のその豪放なもの言いに、無茶苦茶言われているにもかかわらず、隆史は思わず笑ってしまった。
「やっぱすげぇわ。お前は」
隆史が呆れ顔で言った。
「行くぜ」
「ああ」
日明は隆史を乗せ、スクーターを発進させた。二人を乗せたスクーターは、夕暮れの中を走り出した。
「ホントに大丈夫なのか」
「大丈夫大丈夫。心配せずに全部俺に任せとけ」
日明の運転するスクーターは、隆史を後ろに乗せ、軽快に走っていく。
「ほんとか」
隆史は日明に促され、つい乗ってしまったものの、やはり不安になってきた。
「大丈夫大丈夫。ノープロブレムだよ。ワトソン君」
「何言ってんだよ」
「はははっ」
しかし、日明は一人明るい。
「ノーヘル、二人乗り、無免許、捕まったら、停学・・、いや・・、最悪退学だろうな・・」
「どうだ。気持ちいいだろ」
しかし、日明はそんなことには全く頓着していない。
二人を乗せたスクーターは、さっそうと日が暮れゆくオレンジ色に染まった町を走っていく。
町の中心にある大きな湖まで来ると、その湖畔の道を湖に沿ってバイクは走っていく。そこへ丁度夕日が山に沈み込もうと、低い角度から湖を照らし出す。その輝きが、二人のシルエットを形作った。
「いいかもな。こういうのも」
隆史は、キラキラと赤く輝く、美しい湖面を見つめ、呟くように言った。
「だろう」
日明がドヤ顔で言う。
「たまにはな」
隆史も負け惜しみ気味に言う。
「やっぱ最高だろ?」
「ああ、最高だ」
やけくその隆史は後ろから、ふざけて日明の頭をポンポン叩いた。
「ははははっ」
そして、二人は大きく笑った。
その時、突然背後でパトカーのサイレンの音が鳴り響いた。
「そこのスクーター止まりなさい」
そして、スピーカーから、男の乾いた声が響く。
「やべっ」
「ほら見ろ、だから・・」
「しっかり、掴まってろよ」
「えっ、おいっ」
しかし、日明は止まることなく逆にアクセルをふかし、スピードを上げた。
「おい」
隆史が声を上げるが、日明は止まらない。
住宅街が見えてくると、日明の運転するスクーターは、その方へわざと入って行った。だが、そのすぐ後ろには、パトカーがピタリと付いてくる。
「やっぱやべぇって」
「大丈夫だよ」
住宅街に入ると、日明は狭い路地に入り、その複雑な狭い道をくねりながらすごいスピードで爆進していく。
「おおおいっ」
隆史は、絶叫する。
だが日明は、アクセル全開の猛スピードでその狭い路地をそのまま爆進し続ける。電柱にぶつかりそうになるのをすんでのところでかわし、昼寝をしていた猫をぎりぎりでかわす。
「おおいっ」
恐怖で、隆史の顔面は蒼白になる。しかし、日明の運転するスクーターは止まることなく、そのまま爆進して行った。
「ふぅ~、何とかまいたみたいだな」
日明がバイクを止め後ろを振り返る。どこをどう走ったのか、気付けばパトカーは消えていた。
「パトカーが原チャリ捕まえられると思うなよ」
日明が勝ち誇る。
「まったくしつこいったらありゃしねぇ。ぜってぇ、友達とかいないタイプだぜ。ありゃ」
「お前なぁ・・」
しかし、後ろの隆史はそれどころではない。
「どうだ、俺のバイクテクニック」
「どうだじゃねぇよ。死ぬかと思ったぞ」
隆史は蒼白になった顔で怒る。
「大丈夫大丈夫。俺の腕を信じなさい。はははっ」
しかし、日明は相変わらず余裕の表情だ。
「バイクの小回りに、パトカーごときが勝てる訳ねぇんだよ」
「そういう問題じゃねぇ、寿命が縮んだぜ」
隆史はあらためて、大きく息をつく。
「さっ、行こうぜ」
しかし、日明はまったく気にしていない。
「まだ行くのか」
「当たり前だろ。まだお前ん家じゃねぇんだから」
「俺は歩いて帰る」
隆史は立ち上がった。
「こういうのもいいなって言ってただろ」
「言ったことを今真剣に後悔してるよ」
隆史は、ため息をつくように言った。
「まっ、いいからいいから、乗りなさい。ここから家までどんだけあると思ってるんですか。ワトソン君」
日明には懲りるとか、反省とかという文字は無いようだった。
「はいはい、早く乗った乗った」
「・・・」
隆史はしぶしぶまた後ろにまたがった。
「さっ、行くぜ」
隆史を後ろに乗せたスクーターは再び走り出した。
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