第12話 部活帰り

「!」

 純の背後から突然鋭いボールが飛んできた。それは、純を掠めてグランドの端へと飛んで行った。

「・・・」

 それがわざと、自分に向けられたものだということはすぐに分かった。しかし、純は背後を振り返ることが出来なかった。純は何事もなかったみたいに、練習を続けた。

 その背後で、副キャプテンの中川の声がしていた。


「今日みたいに毎日ちゃんと練習出ろよ。いくらお前でもさすがに体なまるぞ」

「大丈夫だよ、毎日一生懸命鍛えてるよ」

 そう言いながら日明は腰を激しく動かす。日明と隆史の二人は、部活帰り、駅までの道を歩いていた。

「何で鍛えてんだよ」

「ナニで鍛えてんだよ」

「どんな鍛え方だよ」

「体力は相当ついてるぜ」

「なんの体力だよ」

 隆史は呆れながら笑う。

「予選は順調に勝ってるな」

 隆史は、ついに始まった県予選の話に話題を振る。

「当たり前だろ、逆になんであんな奴らに負けてんだよ」

 日明は苛立たし気に言う。

「どうやったら負けんだよ。あんな連中に」

「でも、これからだぜ、強いのは」

「強いって言っても知れてるだろ」

「まあ、お前がいれば、確かに敵じゃねぇかもな」

「ああ、俺に敵なしだ。今まであんな連中に負けてたのが信じられねぇよ。レベルが低過ぎて試合中あくび出ちまったぜ」

「ほんとにしてたな。はははっ」

 隆史は思い出して笑う。

「あんな公立のガリ勉野郎たちになんで負けんだよ。信じらんねぇよ。うちは私立だろ。特待生取ってんだろ」

「ああ」

「おかしいんじゃねぇのか。誰取ってんだよ。まったく」

「北村が特待生だからな」

「あいつが特待生なのかよ」

 日明が驚く。

「そう」

「なんであいつが特待生なんだよ。普通に入ってる奴より下手だろ」

「確かに、あいつは俺もおかしいと思うわ」

 隆史は笑った。

「変な奴だしな」

「確かに」

「あったま悪いし、動きもトロイしなんか変だろ、あいつ」

「はははっ、そうそう、走り方がなんか変なんだよな」

 隆史は、北村の動きを思い出し笑う。

「なんであんなのが特待生なんだよ。スカウト頭沸いてんのか?」

「スカウトが見てる試合だけ、絶好調だったんじゃねぇか」

「あいつ取るくらいならお前の方がよっぽど特待生だろ」

「・・・」

 それには隆史は答えなかった。

「あいつも授業料免除なんだろ」

「そう」

「あんな奴の分、お前が負担してるってことだろ」

「まあ・・、俺だけじゃないけどな。この高校に通ってる生徒みんなが負担てことだろうな」

「なんだよそれ。あいつなんか全然役に立ってねぇじゃねぇか」

「まあな」

 隆史は笑った。普段人の悪口を決して言わない隆史も北村には笑う。

「しかも、こないだの試合だって、お前使わねぇし。俺はお前のパスが欲しいんだ。お前は俺の動きが見えてる。お前だけだ俺の動きが見えてるのは。あとの奴らは全然分かってねぇ。ボケっと突っ立ってるだけ。何も見えてねぇ。俺が動き出してるのに、感じてもいねぇ。ほんとクソばっかりだ」

 日明は怒りを滲ませ愚痴る。

「ほんとクソだぜ。他の奴も楢井も」

 日明は、不満を爆発させる。

「まあな・・」

 隆史はそれを静かに聞いていた。

「あっ、そうだ。今日おまえんち行っていいか」

 その時、日明が突然言った。

「なんでだよ」

 隆史が日明を見る。

「なんでってトヨタカップだろ」

 日明は少し怒り気味に隆史を見た。

「あっ、そうか」

「あっ、そうかじゃねぇよ。世紀の一戦だぜ。忘れんなよ。ミランだぜ。ミラン」

「今日だったか。完全に忘れてた」

「しかも相手は、あのサンパウロだぜ」

「そうだったな」

「そうだったな、じゃねぇよ。これ見逃したら自殺もんだぜ」

「はははっ、大げさだな」

「大げさじゃねぇよ。しっかりしてるようで 肝心のとこがお前はダメなんだよな」

 日明が睨むように隆史を見る。

「まあそう言うな」

 隆史は笑う。

 その時、日明が突然駅と反対の方へと歩き出した。

「おいっ、駅はあっちだぞ」

「いいからいいから」

 日明は戸惑う隆史の言葉を無視し、どんどんと駅とは反対方向の薄暗い運動公園の外れの方へと歩いていく。仕方なく隆史もその後ろに続く。

「こんな方来ても何もねぇだろ」

「まあ、いいからいいから」

 日明は隆史が訝しがるのも構わず、どんどん運動公園の奥へと歩いてゆく。

「おいっ、どこまで行くんだよ」

 隆史が声をかける。その時、日明は突然立ち止まった。そこは運動公園の外れにポツンとある駐輪場だった。

「どうしたんだよ」

 隆史が後ろから声をかける。

「じゃじゃじゃ~ん」

 日明が手を広げ、隆史を見る。日明の横には一台のスクーターが置いてあった。

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