第11話 二人の誓い

「那須先輩って千野高のヤンキーにカツアゲされたらしいぜ」

「マジで」

「ああ、駅前でさ、一緒にいた一年の上田たちは殴られても金出さなかったらしいけど、那須さんだけ出したらしい」

「マジ」

「マジ」 

 その、話し声が純の方にも聞こえて来た。

「・・・」

 純の頭に、以前階段の下から、執拗に自分を睨みつけていた那須の鋭い顔が浮かんだ。


「おおっ」

 日明の姿を見つけ、隆史が思わず声を出す。久々に日明が練習に顔を出した。思いっきり遅れてではあるが。他の部員たちも驚いて、日明を見る。そして、監督の楢井を見た。楢井は何も言わなかった。いつものグラウンドの端の桜の木の下で、折りたたみ椅子にどかりと偉そうに座り、何を考えているのか黙って、グラウンドの練習風景を見つめている。

 普通の部員が同じことをしたら、容赦なくぶっ飛ばされるところだが、日明に対してだけは、楢井はいつも放任していた。

「やってるな」

 日明は、楢井など恐れる風もなく、呑気に隆史の隣りに座る。一軍のメンバーはグラウンドの周囲の草っぱらに座り込み休憩中だった。

「どうしたんだよ」

 もともと部員なのだから練習に来るのは当たり前なのだが、隆史が驚きながら、隣りの日明を見る。

「まあ、たまにはサッカーすんのもいいかなって」

「冗談言ってる場合かよ。あのな・・」

「負けたか」

 隆史が説教しようとするのを遮り、日明は言った。

「あ、ああ」

「どこに負けたんだよ」

「星稜」

「おいおい、公立の進学校に負けたのかよ。何やってんだよ」

「まあな・・」

 隆史もバツの悪そうな顔をする。

「どこまで行ったのよ」

「ベスト8」

「マジかよ。せめて決勝ぐらい行けよ。情けなさ過ぎだろ。どんだけ弱えんだよ」

「まあな・・、やっぱ、お前がいないと、全然違うチームだったわ」

 隆史もさすがにふがいない敗戦に、情けない顔をする。 

「お前は出たのか?」

「ちょっとな」

「ちょっとかよ。楢井、何考えてんだよ。せめてお前使えよな」

 日明が、怒りを滲ませて言う。

「俺が出てもなぁ・・。結果は一緒だっただろ」

「受け手がいねぇからな。お前が良いパス出したって、へっぽこばっかじゃどうしようもねぇしな」

「おいっ、声でけぇぞ」

 周囲には、二人から離れてはいたが先輩たちも多くいた。

「いいだろ聞こえたって、ほんとのことなんだから」 

「だから、声でけぇって」

 しかし、日明は全然気にしている様子はない。

「・・・」

 そして、グラウンドで行われている一年が中心の三軍の練習風景を見つめた。東岡のサッカー部は一年から三年生総勢で七十人ほどいた。それを、一軍から三軍と三つのカテゴリーに分けていた。もちろん日明と隆史は一軍にいた。

「どうしたんだよ。急に黙って」

 隆史が日明を見る。

「あいつら何が楽しくてサッカーやってんだろうな」

 日明は、呟くように言った。

「どうしたんだよ。急に感傷的になって」

「あいつら、三年間一生懸命練習したって、ほとんどの奴は試合にも出れねぇんだぜ」

「まあ、そうだけど・・、」

「先輩に頭ペコペコ下げて、クソみてぇな、練習毎日一生懸命やっても、なんの成果もないんだぜ。それで終わりだぜ」

「うん、まあな・・、でも、それなりに楽しいだろ。別に結果が出なくたって」

「そんなもんかねぇ」

「それに努力すればうまくなるだろ」

「そうか?努力したってダメな奴はダメだろ」

「まあ、な・・」

「天才ってのはいるんだよ。どんなに努力したってカスはカスよ」

「う~ん、そう思いたくはないけど・・、まあ、でも、前見てると俺もそう思えてくる時あるわ」

「そうだろ。やっぱ俺は天才だよな」

 日明がうれしそうに隆史を見る。

「自分で言うのかよ」

「自分で言っちゃうね。自分で言っちゃうほどの天才だ」

 日明はおどける。

「はははっ、確かにお前は天才だよ」

 いつもの調子の日明に隆史は笑う。

「もっと言ってくれ」

「天才天才天才天才」

 隆史が笑いながら言う。

「ありがとう。お前だけだよそんなこと言ってくれるの」

「そんなことないだろ。みんな心の中で思ってるよ」

「そうか」

「そうだよ」

「そうか。まっ、知ってたけどな」

「はははっ」

 隆史は笑う。そして、二人は草原の上に大の字に寝っ転がった。

「なあ、覚えてるか」

 日明が、真っ青に晴れ渡った気持ちの良い青空をふわふわ漂う大きな綿雲の流れを見つめながら言った。

「何を」

「ぜってぇ、全国行くって誓っただろ」

「ああ、中学ん時か。ああ、覚えてるぜ」

 隆史も綿雲を見つめながら言った。二人は中学時代同じように部活の練習の合間の休憩時間、芝生に大の字で寝っ転がり青空にぷかぷか浮かぶ綿雲を見つめながら、二人で国立を夢見、そして、必ず全国に行こうと誓いあった。

「俺は天才だ」

「ああ、お前は天才だ」

「ぜってぇ、行くぜ。国立」

「ああ、マジでお前とならいける気がするよ」

「マジで全国だぜ」

「国立だろ」

「ああ、そうだった」

 二人は物心ついた頃から、全国高校サッカー選手権が始まると、毎年、二人でテレビを食い入るように見ていた。そこは二人にとって憧れの場所であり、聖地だった。

「インハイが終わったら、いよいよ、県大会の予選が始まるな」

 隆史が言った。

「ああ」

「ついに始まるんだな」

「ああ、来たな。俺の舞台がな」

 冗談を言いながらも、日明は、今までに感じたことのない、何か震える興奮を背中に感じていた。

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