第10話 練習試合

 一、二年混合の紅白戦、二年の百瀬が裏に抜け、純がゴール前にフリーで走りこんでいる。純は普段センターバックだったが、足元のうまさを評価され、この日はセンターフォワードをやっていた。後はラストパスを出すだけだった。だが、百瀬はその時、一瞬露骨に嫌な顔をした。それは、一瞬のことだったが、純にははっきりと分かった。

 だが、パスは来た。しかし、それを純はゴールの上にふかしてしまった。完全な決定機だった。

 百瀬の、どこか純の失敗を喜ぶにやついた笑いと、呆れ顔の何とも言えない冷たい視線が純を貫く。

「・・・」

 純は、どうしようもなかった。純はその視線にただ耐えた。

 


「おおおっ」

 ゴールが決まった。東岡のグラウンドで行われていた、一、二年混合の紅白戦と並行して行われていた他校との一軍の練習試合。そこで、東岡は見事に相手を崩し得点した。

「なんで俺に出さねぇんだよ」

 しかし、日明は突然ブチぎれた。そして、シュートを決めた選手に激高しながら詰め寄った。

「俺がいただろ」

「えっ、でも、ゴール決まったし・・」

 激高された選手は、なぜ怒られるのか訳が分からずたじろぐ。近くにいた相手チームの選手たちも驚いている。

「お前のゴールなんて誰が見てぇんだよ。みんなが見てぇのは俺のゴールなんだよ」

「えっ?」

 あまりに理不尽なことを言われて、ゴールを決めた選手は言葉もない。ゴールを決めた選手は一学年上の先輩であったが、そうであるにも関わらず、日明に対して何も言い返せない。

「そうだぁ~、日明に出せぇ~」

「お前のゴールなんか見たくねぇんだよ」

 グラウンドの周囲からそんな残酷な声が次々と上がる。グラウンド周囲には日明ファンの女生徒たちが今日も人垣を作っていた。

「・・・」

 その声に、ゴールを決めた選手はさらに萎縮する。

「まあまあ」

 それを見かねて、隆史が日明を押さえるようにして間に入る。

「まったく、そんなに目立ちてぇのか」

 しかし、日明はそれでもさらにキレまくる。先輩は、せっかくゴールを決めたのにうなだれる一方だった。

「いいだろ、ゴールが決まったんだから」

 隆史が日明に言う。しかし、日明の怒りは収まらない。

「もういい」

 すると、へそを曲げた日明はくるりと踵を返した。

「えっ、おい」

 隆史が驚く。日明は試合途中に、そのままピッチを出て行ってしまった。

「・・・」

 そんな去って行く日明を、敵味方全員が茫然と見送る。

「おいっ、まてよ。チャンスはまだあるって、なあ」

 隆史がそんな日明についていって説得するが、日明は振り向くことすらせずそのまま、試合会場から消えて行った。

「・・・」

 これには隆史にもどうしようもなかった。隆史も、茫然とその背中を見送った。

 選手たちは東岡の監督、楢井を見る。いくら日明が圧倒的実力があるからといって、さすがにこれは許されないだろうと誰もが思った。しかし、楢井は何も言わず、その場から動くことすらしなかった。

 その沈黙が、逆に他の生徒たちには、恐ろしく感じられた。

 

「んっ」

 部活に向かおうと隆史が校舎から出たところで、そこで、日明の姿を見つけた。日明はまだ制服姿だった。

「おい、今日もさぼりか」

「おおっ、お前か」

 日明が振り向く。

「さすがにまずいんじゃないのか。あれからずっと練習も出てねぇだろ。このままだとさすがに退部になるぞ」

「大丈夫、大丈夫」

 しかし、日明は呑気だ。

「でも、インハイだって大事だぜ。少しは顔出せよ」

 一昨日の日曜日には、インハイの予選試合もあった。だが、その試合にも日明は顔すら出さなかった。

「まあ、気が向いたらな」

 しかし日明はにべもない。そして、一人どこかへ行ってしまった。

「・・、まったく・・」

 いつものように隆史は軽くため息をつき、日明の背中を見送ると、一人部活練習へと向かった。

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