第9話 日明の家

 純の背後に、いつもの粘ついた冷たい視線が、けんざんの針先のように無数にじわじわと突き刺さる。ふり返ると、酒井と肥後、増田が、純を鋭く見つめていた。

 薄闇の帰り道、その中に浮き立つように背後を歩く三人の凶器のような白い目が、純を怪しく捉え続けた。


「ちょっと寄ってけよ」

「ああ」

 隆史は日明について家に上がった。部活帰り、いつもの駅前の来々軒で飯を食った後、この日二人は最近では珍しく、日明の家の前まで一緒に帰ってきていた。

「お前、毎んちそんなもんばっか食ってんのかよ」

 隆史は、リビングに入りその惨状を見て、思わず大きな声を出した。日明の家に上がるのは高校に入ってからは、部活などが忙しかったこともあり久しぶりだった。日明の家のリビングは、カップ麺やスナック菓子の袋が散乱していた。

「大丈夫かよ」

「大丈夫。大丈夫。全然平気」

「スナック菓子と、ジャンクフードばっかじゃねぇか」

「大丈夫だって」

「お前、親がいないからって好き勝手やり過ぎじゃねえのか」

 日明の両親は日明が高校に上がる丁度その時、海外勤務になり、今は外国にいた。日明も一緒に来るように言われたが、高校を理由に一人家に残っていた。

「だから、大丈夫だって言ってんだろ。お前は俺の親か」

「姉ちゃんどうしたんだよ」

「とっくの昔に家出てったよ。東京の大学受かったって言ったろ」

「ああ、そうか」

 隆史は完全に忘れていた。

「お前それにしてもひど過ぎだろ。これは・・」

 隆史は改めてリビングを見回す。

「いつか体壊すぞ」

「大丈夫だって、俺はDNAが違うんだから、DNAが。何食っても俺はすごいんだよ」

「その自信がまたすごいな」

「俺をその辺の人間と一緒にしちゃだめよ」

 日明はそう言いながら、もう冷蔵庫から二リットル入りのペットボトルのコーラを取り出し、直接口をつけぐびぐびと飲みだしている。

「お前も飲むか」

「いや、俺はいい」

「まじめだねぇ」

「コーラは歯が溶けるんだぞ」

「大丈夫だよ。お前は心配し過ぎなんだ」

「絶対、いつか体壊すぞ」

「大丈夫だよ」

 日明はまったくいうことを聞かない。日明のそういう性格を知り尽くしている隆史もそれ以上は言わなかった。

「お前を一人にさせるのはいろんな意味で危険だな・・」

 隆史はリビングに散乱するゴミと、その端にゴミと一緒に散乱しているコンドームの束を見ながら、最後に呟いた。

「インターハイだな」

 隆史は唯一ごみの散乱していない空間だったソファに座り、一息つくと言った。

「インターハイなんか興味ねぇよ。やっぱ国立だろ。ふ~り~向くなよ♪ふ~り~向くなよ♪だよ」

 今度は巨大なアイスを持ってきた日明が、隆史の隣りに飛び込むように豪快に座る。

「お前音痴だな」

 隆史が隣りの日明を見る。

「音痴って言うな。人の気にしていることを」

「お前にも気にすることがあるんだな」

「お前俺をどんな人間だと思ってんだよ」

「ははははっ」

「お前時々、やな奴だな」

 日明は、小さなバケツくらいあるファミリーサイズのバカでかい3キロ入りのバニラアイスの蓋を開けながら言った。

「でも、インハイが終わったらすぐに秋の全国の予選だな」

 そう言いながら、アイスの固まりにスプーンを突き刺し、そこからアイスの固まりをえぐり取ると、日明はそれを大口を開けてその中に放り込んだ。

「ああ、緊張だな」

「緊張なんかしねえよ。絶対行けるに決まってんだろ。俺がいるんだぞ俺が」

「ははは、そうだったな」

「まっ、でも不安もあるな」

「そうだろ。やっぱ」

「おお、秋の全国はテレビで全国放送だからな。もう、全国から俺のファンが殺到しちゃうよ」

「その心配かよ」

「体持つかな」

「何の心配してんだよ」

「いや~、だって多分何万とかそんなレベルだぜ」

「妄想全開だな」

「まいったなぁ、もう、全国レベルでモテちゃうぜ。ほんと、体もつかな。さすがのぼくちゃんも心配」

「ははははっ」

 おどける日明に隆史は笑う。

「よしっ、とりあえず全国制覇だな」

「なんのだよ」

「北は北海道、南は沖縄、四十七都道府県、全部制覇しちゃうぜ」

「何言ってんだよ」

「そして、次は世界制覇だな」

「はははっ、お前ほんと大丈夫かよ。一回医者に診てもらえ」

「俺はいたって正常」

「お前の正常は世間の異常なんだよ」

「おっ、うまいこと言うねぇ」

 日明はアイスを口に放り込みながら言った。

「お前もう食ったのかよ」

 隆史がふと見ると、あれだけあった巨大なアイスがもう空になりかけている。

「ああ」

 日明はこともなげに返事をする。

「・・・」

 隆史は呆れた。

「今日泊まってけよ」

 日明が隆史を見た。

「いや、帰るわ。母ちゃん一人だし」

「そうか」

 日明は、気にする風もなく空になったアイスの容器をごみの散乱したテーブルのゴミの上にドカッと置くと、再び冷蔵庫へ行って、新たなアイスを持ってきて食べだした。

「お前まだ食うのかよ」

 隆史はさすがに目を丸くした。

「今度のはイチゴ味だ」

「いや、そういう事じゃなくてさ・・」

 大きさはさっきのと変わらない。

「いつか絶対体壊すぞ」

「大丈夫、大丈夫。ノープロブレムだよ。ワトソン君」

「ワトソン?なんだよそれ」

 日明はこの時、ドラマケータイ刑事銭形愛にはまっていた。ワトソン君は、主人公銭形愛が毎回言う決め台詞だった。そんなことを、ドラマなど全く見ない隆史は知る由もない。日明は、隆史の忠告などまったく無関心にイチゴアイスを食べ始める。

「じゃあ、俺は帰るぞ」

 隆史が立ち上がった。

「じゃあな」

「ああ」

 日明は、ソファーに座ったまま隆史を見送った。

「あ~あ」

 アイスを食べ終わった日明は大きく伸びをする。隆史が帰り、一人になった日明は暇を持て余した。日明はソファの片隅に落ちていた携帯を手に取った。そして、電話をかけた。

「もしもし?」

 長いコール音の後、電話の向こうで眠そうな女の声が聞こえた。

「おう、麻里ちゃん、久しぶり」

「どうしたの?」

「お前今どこ」

「もう十二時だもん。寝てたよ」

「今から来い」

「えっ?」

「今から来い。すぐ来い」

「無理だよ。明日仕事だし・・」

「いいから来い」

「でも・・、」

「ノーパンで来い」

「えっ、何言って・・」

「待ってるぞ。じゃあな」

「あっ」

 ガチャンッ、プー、プー、プー。

 麻里の反応などお構いなしに、日明は自分の言いたいことだけ言って、さっさと電話を切ってしまった。

 ピンポ~ン 

 それから三十分後、日明の家の玄関チャイムが鳴った。

「おっ、ちゃんと来たな」

 日明が玄関を開け、玄関に入って来る麻里を見る。麻里は日明よりも年上の二十歳くらいの女だった。

「後ろ向け」

 麻里が入って来るなり、日明はいきなり言った。

「えっ」

「後ろ向け」

「・・・」

 麻里がおずおずと後ろを向くと、日明は麻里の穿いているロングスカートを後ろから勢いよくめくり、玄関先でいきなりズボンを下ろす。

「ちょ、ちょっと・・、日明君・・」

 麻里は慌てる。

「おっ、ちゃんとノーパンできてるじゃない」

 だが、麻里が驚くのも無視して、日明はいきなり後ろから挿入した。

「ちょ、ちょっ、あっ」

 そして、日明はそのまま腰を激しく動かし始めた。

「ちょ、ちょっと、あっ」

 麻里は抵抗するが、日明の腰の動きはさらに激しくなる。

「ちょ、ちょっと・・、あっ、あっ」

「うっ、ううっ」

 そして、十分ほどで日明はイッた。

「ふぅ~」

 日明は大きく息を吐く。麻里はその場にへたり込んだ。

「ちょ、ちょっとひどいよ。日明君・・」

 麻里は恨めし気に日明を見上げる。しかし、日明は麻里の言うことなど全く無視して、その麻里のスカートで汚れた自分の一物の先を拭く。

「帰れ」

 そして、言った。

「えっ?」

「帰れ」

「でも、今来たばっかり・・」

「帰れ」

 日明は、困惑する麻里の反応など無視して、そのままリビングに戻っていってしまった。

「・・・」

 麻里はその背中を、茫然と見送り、そして、うなだれるように静かに立ち上がると、玄関から出て行った。

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