第8話 ルーシーちゃん

 転がるボールを手に取り、ふと顔を上げると、その先で松本がニヤニヤと純を見て笑っていた。

 松本は純と同じ一年生だったが、特待生で先輩たちと練習をすることが多かった。自然と、純たちとは絡みも少なく、口を利くこともなかった。

 松本は相変わらずにやにやと、純をバカにするように見つめていた。

「・・・」

 純は黙って、松本に背を向けると練習に戻って行った。


 またいつものように隆史が、学校の屋上を探すと、やはり日明はいた。

「どうしたんだよ。元気ねぇな」

「ああ」

 日明はいつになく落ち込んでいた。

「お前らしくねぇな、どうしたんだよ」

「ルーシーちゃんが、国へ帰っちまったんだよ」

 日明は心底落ち込んだ表情でうなだれた。

「なんだ。そんなことか」

「なんだじゃねぇよ。俺にとっちゃ深刻な問題なんだよ」

「やれなかったのか。それで落ち込んでんのか」

「やだねぇ、そう言う下世話なこという奴」

「なんだよ。普段お前が言ってることだろ」

「やることはしっかりやったよ」

「なんだよ。結局やってんじゃねぇかよ」

「でも、あれもしたかったし、これもしたかったし、クソぅ」

「はははっ、なんだそんなことか」

「そんなことかじゃねぇよ。パツ金だぜ。パツ金。しかもボイン、ボイン。ほんとデカかったなぁ。ああ、あのオッパイと別れるなんて・・」

 日明は心底悲しそうな顔をした。

「透き通るような白い肌、お尻もでかくて形がよくて・・、足もスラっと伸びちゃってさ・・、」

 日明は、両手でルーシーの体をなぞるように形作る。

「乳首がまたキレイなピンク色なんだよ。俺感動しちゃったよ。生まれて初めてだよ。乳首みて感動したの」

「はははっ」

「やべぇ、思い出したら勃ってきちまった」

 日明が股間を押さえる。

「ばか」

 隆史は笑いながら言った。

「ああ、ルーシーちゃ~ん。カムバ~ック」

 日明は青空に向かって叫んだ。

「誰だ。屋上にいるのは」

 すると日明たちのいる場所のすぐ下の教室から、体育教師の多田の声が響いた。

「やべぇ」

 二人は、慌てて身を低くする。

「でも、交換留学だから、代わりに行ってた子が帰って来たんじゃないのか」

「あんなブス、もう、永遠に帰って来なくていいよ。今度は宇宙にでも行ってそのまま塵になってくれ」

「お前のお気に召さなかったか」

「お気に召さないどころじゃねぇよ。ガリ勉タイプの最強ブスだよ。俺の一番苦手なタイプ。ビン底眼鏡だぜ。ビン底。今時どこに売ってんだよ。あんなの」

「はははっ」

 隆史は笑った。

「ルーシーちゃ~ん。カンバ~ック」

 日明は屋上のヘリに立ち、また空に向かって叫んだ。それを丁度学校見学でその下を歩いていた中学生の生徒たちが、驚いて見上げた。

「ルーシーちゃ~ん」

 しかし、そんなことにはお構いなしに、日明は更に叫んだ。

「バカ、恥ずかしいからやめろ。みんな見てるだろ」

 隆史が日明に抱き着いて、慌てて引き戻す。

「俺のブレイクハートは、そんなこと気にしない」

 日明は笑っている。

「俺は気にするんだ」

 隆史はそんな日明の口を押えながらヘッドロックする。

「ルーシーちゃ~ん」

 日明はそれでも叫び続ける。

「バカやめろ」

 隆史も笑いながら日明を押さえる。

「ルーシー・・」

 それでも、日明は叫ぼうとする。

「こら、やめろ」

 隆史が更に抑え込む。

「ははははっ」

「はははっ、こら、いい加減にしろ」

 二人はじゃれついたまま、そのまま屋上の上をゴロゴロ転がった。

「コラッ、誰だ。さっきから」

 今度は多田の怒声が下から響いた。

「やべぇ」

 多田の声の調子に、二人は慌てて屋上から退散した。

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