第6話 帰り道
純が飛んでいったボールを拾いにゴール裏の空き地に行くと、副キャプテンの中川と肥後たち数人が、いつものようにそこで車座になってタバコを吸っていた。
「・・・」
純の姿を認めると、全員が無言でぎろりと鋭い目で純を睨むように見つめた。純は慌てて頭を下げ、ボールを探した。その間中、先輩たちは純を無言で睨みつけている。
やっとボールを見つけると、純は睨みつける先輩たちに頭を下げ下げ、慌てて練習場に戻った。
「今日は一緒に帰ろうぜ」
部活帰り、日明が珍しく隆史に声をかけた。
「ああ」
二人の通う東岡第三高校は田舎の山の中にあり、駅までは三キロほどあった。二人は駅までのその道のりを、のんびりと並んで歩き出した。
「この前、担任にお前と付き合うなって言われたよ」
途中にある市民運動公園脇の森を横手に見ながら、隆史は笑いながら言った。
「なんでだよ」
「悪い影響があるんだと」
「なんだよそれ」
「君までダメになってしまうと言われた」
「なんで俺がダメなんだよ。その前提がおかしい」
「はははっ」
「俺の素晴らしい人格が分からないんなんて、もぐりだなお前の担任」
「はははっ、そうかもな」
「ところでよ。今度の日曜、お前んち行っていいか」
「あっ、その日俺いないわ」
「なんでだよ。どこ行くんだよ」
「トレセン」
「ああ、選ばれたのか」
「ああ」
「よくあんなのまじめに出れるな」
「まあ、選ばれるのはうれしいしな。お前だってまじめにやってれば確実に選ばれてんのにな」
「いいよ。俺はあんなの」
日明も隆史も、中学の時から県の選抜や、地方選抜に選ばれていた。しかし、日明は、実力がありながらも遅刻やわがままが多く、指導者たちは匙を投げ、中学三年の時から全く選ばれなくなっていた。
「お前なら、年代別の日本代表だって選ばれただろうに」
「いいよ。そんなの。日本自体が弱えのに、そんなのに選ばれたってしょうがねぇだろ。やっぱ、海外だよ。海外。ヨーロッパかブラジルだ」
「お前の夢はデカいな」
「当たり前だろ。夢はでっかくなきゃ夢じゃねぇよ」
「はははっ、確かにな」
「お前、高校出たらどうすんだよ」
「俺は働くよ」
「なんでだよ」
日明が隆史を見る。
「うちは、金ねぇし。おふくろに負担掛けたくねぇんだ」
隆史の家は母一人子一人の母子家庭だった。
「それに、無理言って私立の高校に行かしてもらってるしな」
「・・・」
「俺は全国高校選手権に、お前と出れたらそれでいいんだ。それが俺の夢さ」
「ちっせぇ夢だな」
「はははっ、そうか。でも、うちのサッカー部、まだ一度も全国行ってないんだぜ」
「ああ、まったく、私立の癖にしょぼいよな」
「でも、お前がいれば行ける気がするんだ」
「当ったり前だろ。俺が行かなくて誰が行くんだよ」
「はははっ、頼もしいな」
「それにお前もいるしな。他はクズばっかだけど、俺とお前がいれば絶対いけるさ」
二人は小学生の時、全国高校選手権をテレビで食い入るように見ていた。二人にとってそこは憧れの場所だった。
「最後は国立でさ。俺がハットトリックだよ」
「はははっ、お前の夢はやっぱデカいな」
「そして全国制覇さ」
「ははは、ほんと行ける気がしてきたよ」
「おっ、着いたな」
二人が話し込んでいるうちに、いつの間にか駅に着いていた。
「おっ、電車来たぜ」
ホームに立つと、運よくすぐに電車は来た。田舎の電車は一度逃すとなかなか来ない。二人は並んで電車に乗り込んだ。
「お前と二人で電車に乗んのも久しぶりだな」
日明が電車に揺られながら言った。
「ああ、そういえばそうだな。お前はいつも女と帰るからな」
隆史が少し嫌味っぽく、笑顔で日明を見た。
「そう、妬くな妬くな」
「別に妬いてねぇよ」
隆史は笑った。
「でも、俺の友だちはお前だけだ。これはマジだぜ」
日明は真剣な目で隆史を見た。
「・・・、そうか」
隆史はそんな日明に笑顔で返す。
確かに日明は、誰とでも付き合えるよう性格の人間ではない。それは隆史が一番よく知っていた。
「おっ、あの子かわいいな。東高の制服だな」
その時、日明が同じ車両に乗っていた女子高生に目をとめた。
「そうだな。あの紺色のセーラー服は東だな」
「おれ、ちょっと行ってくらぁ」
「おい」
隆史が止める間もなく日明は行ってしまった。
「まったく、これだから」
見るとすでに何か、楽し気に話をしている。
「ああいう才能もすごいな」
隆史は感心した。
しばらくすると、向こうから日明が隆史を見て、親指と人差し指で丸を作ると、ニカッと笑った。どうも今回もナンパに成功したらしい。
「じゃあ、悪い、そういうことだから」
次の駅に着くと、日明は隆史に片手をあげ、電車を降りて行った。
「いつもあれだよ。かわいい子見ると見境ないからな」
隆史は、ふぅっと軽く息をつくと、動き始める電車の壁に体を持たせかけ、完全に暗くなった車窓の外を一人見つめた。
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