第5話 遊び

「おいっ」

「はい」

 突然、筋トレをする純の横から、ドスの効いた声がして純は素早くその方を見る。

「お前ちゃんとやれよ」

 二年の肥後だった。二年だが一度高校受験に失敗しているので、年齢は一個上だった。

「はい」

「お前、気い抜いてんじゃねぇぞ」

 隣りの同じく二年の、さしてサッカーは上手くはないのだが、そのコミカルなキャラで先輩ウケのいい増田も純を睨むように見ている。

「はい・・」

 純は、何の抵抗もできず、そう言うのが精いっぱいだった。純は別にさぼっているわけでもなく、みんなと同じことをしているはずだった。明らかに純に対する一方的な言いがかりなのは明白だった。だが、それは言えなかった。

 事情を知る他の一年生部員たちが、そんな純を哀れむように見つめる。

「・・・」

 純はその視線がさらに辛く、その視線から逃れるように筋トレを再び始めた。


「まったく、やってらんねえよな」

 珍しくまじめに練習に参加した日明が、練習場から部室に向かう途中、隣りを歩く隆史に吐き捨てるように言う。

「あんな走ってばっかの、戦時中の練習やってたって、ぜってぇ勝てねぇぜ。まったく、今は科学の時代だよ。努力根性の時代じゃないんだよ。もっと、スマートにやんなきゃ」

「確かに走ってばっかだな。戦術練習もないし、ポジションの指示もないし」

 興奮する日明に、隆史が冷静に答える。

「そのうちうさぎ跳びまでやらせかねないぜ。あいつ」

「はははっ、ありそうだな」

「若い時にこそボール触っとかなきゃいけねぇのに、まったく何考えてんだか。時代錯誤なんだよ。あの監督は。だから、今まで一回も全国いけてねぇんだよ。私立で特待生までとってんのに」

「確かにな」

 監督の練習方針や考え方には、隆史も疑問を持っていた。

「ああ、マジでしんど。なんであんなに走らされんだよ。俺たちは馬か」

「日明」

 その時、突然声がして、日明は顔を左に向けた。校舎と校舎を繋ぐ屋根付きの通路のその脇に、サッカー部のマネージャーの美希が俯き加減に立っていた。

「なんだよ」

 日明がつっけんどんに言う。美希は日明たちに近づいて来て、日明の前に立った。

「私たちどうなってるの」

 しばらく、俯いていた美希は意を決するように言った。

「どうって?」

「最近全然連絡とかないし」

「ああ」

「最近連絡もないじゃない」

「ああ」

「ああ、って話聞いてるの?」

 美希が声を荒げる。

「だから?」

「えっ?」

「だから?」

「だからって・・、私たち付き合ってるんでしょ」

「まあ・・、な・・」

 日明はとぼけるようにして、視線を斜め上に向ける。

「まあなって」

 美希の表情が変わった。

「遊びなんだよ」

「えっ?」

「遊びなんだよ。お前とは」

「ひどい」

 美希は日明を見つめながらわなわなと震えた。あまりに酷い言葉に、それ以上、美希は言葉が出てこなかった。

「分かっただろ。もう帰れ」

 そんな美希に、日明は追い打ちをかけるように更に冷たい言葉を浴びせる。

 パチンッ

 堪らず美希は日明の頬を張った。

「・・・」

 日明はそれでも、悪びれる様子もなくジャージのズボンのポケットに手をつっこんだまま立っている。隆史はその横で、気が気じゃなく二人を見つめていた。

 美希はしばらく涙目で日明を睨んでいたが、溢れて来た涙を隠すように顔を覆うと、校舎の方へと走り去って行った。

「おいっ、いいのか」

 隆史が、日明を見る。

「いいんだよ。はっきり言った方が本人のためだ」

「でも、ちょっときつくないか」

「いいんだよ。ああいうのはしつこいからな」

「お前は・・、少しは・・」

「説教なんか聞きたくないね」

「ほんとにいつか刺されるぞ」

「女に刺されて死ねるなら本望だね」

 日明はきっぱりと言った。

「ほんとお前は」

 隆史は苦笑いするしかなかった。

「女も幸せだろ。一時でも俺と付き合えたんだから」

「まったく、お前は」

 この状況でそれを言い切ってしまう日明に、隆史は笑うしかなかった。

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