第3話 二歳からの幼馴染
「あいつ何考えてるか分かんねぇ」
背後から、明らかに純に向かっての鋭い言葉が聞こえて来た。
「・・・」
純はそれがどこから、誰から発せられているのか分かっていた。しかし、振り返ることもできず純は黙って試合を見続けた。
グランドでは、レギュラークラスのメンバーで紅白戦が行われていた。純は、他の一年と一緒にグランドを囲むようにしてそれを見ていた。
「おおおっ」
日明が、切り裂くようなドリブルで、相手ディフェンダーの狭い隙間を突破すると、普段から日明の行状を快く思っていない先輩たちからも、どよめきの声が上がった。
三年のレギュラーのセンターバック二人が全力で挟んでも、彼を止められなかった。
純はそれを遠い世界の出来事のように眺めている。同じ一年だったが、日明は全く別の世界の人間だった。
「おおおっ」
グランド周辺から、再びどよめきが起こった。
隆史からの、ストレートの高速パスが日明の足元に走る。パスはかなり距離があったにもかかわらず、ピンポイントでゴール前に走りこむ日明の足元にピタリと入った。
「おおおっ」
そのパスの精度とスピードに、再びどよめきが起こった。
日明はそれを華麗なステップで難なくトラップすると、多少距離はあったがそのままシュートを打った。それは、飛び出したキーパーの左脇を抜け、見事に反対サイドのサイドネットに突き刺さった。
「やっぱ、俺とお前がいれば十分だな」
得点を決めた日明が、隆史に近寄り肩を回す。
「はははっ」
隆史は困ったように笑った。日明の声は大きく、思いっきり先輩たちにも聞こえていた。当然いい顔をするはずがない。隆史は、それを気にして笑顔を遠慮がちに小さくする。
「お前はほんと俺好みのパスが分かってるねぇ」
しかし、そんな空気を全く日明は気にしない。そんな二人を先輩連中は睨みつけるように見ていた。しかし、やはりそこは実力の世界。日明の上手さは、群を抜いていて、先輩は神という世界にあっても何も言えずにいた。
「お前は天才だよ。俺の次にな」
日明のいつもの冗談に、隆史は先輩を気にしながらも笑った。
隆史のパスセンスは確かに、他の選手にはない非凡なものがあった。グランド全体を上から俯瞰して見ているかのように、選手一人一人の動きがはっきりと見えていた。そして、その右足の精度は、長短どちらも精密機械のように正確だった。相手の欲しいポイントに、絶妙なスピードと正確さでボールを送ることが出来た。
「お、おい、帰んのかよ」
レギュラークラスの練習試合が終わり、その他のメンバーとレギュラークラスのメンバーとが入れ替わり、試合の終わったメンバーが練習場の脇に座り込んでいる時だった。隆史が土手を上っていく日明に言った。
「ああ、後は残りの連中の練習試合だろ。そんなん見ててもしょうがねぇだろ。帰ろうぜ」
「そういうわけにはいかないだろ」
「じゃあ、俺一人で帰るわ」
「お、おい」
日明はさっさと練習場を囲んでいる土手を上って行ってしまう。
「あっ、そうだ」
日明が突然戻ってきた。
「やっぱ、いた方がいいって」
隆史が言った。
「金かしてくれ」
「は?」
「金。頼む」
日明がまた拝む真似をする。
「俺とお前の仲じゃねぇか」
日明が隆史の隣りに腰を下ろす。
「保育園からの仲だろ」
日明が隆史に甘えるようにして隆史の肩に手を回す。
二人は二歳の時から、ずっと一緒だった。家も近く、二人の母親が仲が良ったし、保育園も一緒だった。その後、小学校も中学校も高校も、少年サッカーも部活も全て一緒だった。
日明の高校進学の時期に、日明の両親は、転勤で海外に引っ越していったが、日明は高校を卒業するまで実家に残ると言い張り、一人実家に残って隆史と同じ高校に通っていた。
「二歳からか・・、確かに俺たちいつも一緒だったな」
隆史が改めて回想するように言った。
「ああ、そう言えば二歳の頃、二人でフルチンでプールで遊んでる写真があるぞ」
隆史が日明を見た。
「ああ、うちにもあるわ。それ」
日明が言った。
「なっ、いいだろ」
日明が甘えるように言う。
「ああ」
隆史は折れた。これはいつものことだったが、小さいころから日明のわがままを隆史は、結局は受容してしまう。
「部室に俺の財布あるわ」
「サンキュー」
日明はそう言って、喜び勇んですぐに部室に向かって土手を上って行った。
「あいつは・・」
隆史は呆れながらも、そんな日明の背中を笑いながら見送った。
「あ、あいつ」
部活が終わり、部室に帰ると隆史は、自分の財布の中身を見て更に呆れた。それ程の額があった訳ではないが、札はもちろん、小銭まで全て無くなっていた。
「まったく・・」
しかし、隆史はそんな日明の行状に呆れながらも笑っていた。
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