第一章5 『無翼のオラシオン⑤』

 

「魔法について。強くなりたいならアルカ君もいつかは使えるようになった方がいいんだから、覚えなきゃね」


 マリアが話を続ける。


「さっきも言ったけど、魔法には八つの属性があるの。火、水、風、土、氷、雷、花、闇の八つね。それぞれ名前になってる物を生み出して操ることができるの。花は植物、闇は実態が解明されてないんだけど、音も匂いも光も全部遮断する黒い靄みたいなものだね」


「へー」


「因みにアルカ君の属性は雷だったよね」


「おう」


 雷属性の魔法が使えると言えば聞こえはいいが、ただの魔法では、実際はレートCモンスターであるゴブリンを気絶させる事が出来るかどうか程度の威力しかない。


 それも個体差や当たりどころによっては、気絶させられないこともある。身体能力が高く、体術に特化したアルカは、魔法を使わずに戦った方が早く倒せるのだ。


「ウリルとマナの事は知ってる?」


「……聞いた事はある」


『ウリル』そして『マナ』。言葉として聞いたことはある。だから何となくは分かっているつもりではあるし、実際知っている事もあるが、正確な説明は聞いたことがなく、詳しく知っているわけではない。


「ウリルって言うのは、魔法を使う時に消費するもので、人間の身体の中を流れてる、謂わば生命力みたいなものなの。大昔は魔力って言われてて、魔法を使う為の力だと思われてたんだけど、ウリル博士がそれを解明したんだ」


「魔力でいいじゃねぇか」


 分かりやすかった『魔力』と言う呼び方から、わざわざ人名に名称を変える必要はあったのだろうか。


「うーん、それだと魔法を使うための力になっちゃうでしょ。ウリルはそうじゃなくて、生命維持に使うエネルギーのことなの。あくまでも生命維持が第一、そのエネルギーを使うことで魔法が使えるよってこと」


「魔法使いすぎると死ぬんか?聞いたことねぇぞ」


 生命維持に使うエネルギー。生命力を消費して魔法を行使するということならば、魔法を使い過ぎて仕舞えば生命維持が出来なくなって死んでしまうのではないのか。だがアルカはそんな事を一度も聞いたことがない。


「もしウリルが体内から無くなったら死んじゃうかもしれないけど、普通はそんな事は起こらないの。ウリルは減ったら時間経過で回復するし、減りすぎると気絶しちゃうから、魔法で死ぬ事はほとんどないよ。ほら、恐怖で失神しちゃう人とかいるでしょ?あんな感じで人間の本能なんだと思うよ」


「そういうことか」


 なるほど、納得がいく。

 確かに、魔法を使う人間が気絶まではいかなくとも、突然倒れ込んでしまったのはアルカも見たことがある。あくまでも生命維持の為のエネルギーであると言うことだ。


「マナって言うのは、大気中にある目に見えないエネルギーの事で、本来なら人間にとってとても有毒なものなの。そんなマナから人間を守ってくれるのも、ウリルなんだよ。ウリルが無くなったら死んじゃうって言うのはこう言う事」


「そのマナは魔法と何の関係があんだ?」


 生命維持に関する話やウリルとマナの関係は分かったが、マナが魔法とどう関わってくるのか、それが全く分からない。


「さっき、魔法を使うにはウリルを使うって言ったよね?じゃあウリルをどう使えば魔法が使えるのか、分かる?」


「身体の外に放出すんだろ。んな事分かってんだよ」


「そう、第一段階は身体の外にウリルを放出する事。じゃあ魔法が使える人と使えない人の違いは分かる?」


「あ?だからウリルを放出できないんだろ」


「ウリルの体外放出は、魔法が使えない人でも出来ることなの。人間は常に新しいウリルを体内で作って、古いウリルを体外に放出してる。感情とも深く関わってて、怒りとかの強い感情で大量のウリルを放出しちゃう事もあるの。憤死って言って、強い怒りで一気にウリルを放出し過ぎて死んじゃう事もあるんだよ」


「じゃあ使えるやつと使えねぇやつの違いは何なんだよ」


「魔法って言うのは、ウリルを放出するだけじゃ使えないの。言ったように、常に放出してる訳だから、常に魔法を使ってるってことになっちゃうでしょ。でもそうじゃない。ウリルを放出するのが第一段階なら、放出したウリルをマナと反応させて初めて魔法として現れるの。一言で言うなら、ウリルをマナに反応させることが出来るか出来ないか。それが魔法を使える人と使えない人の差だよ。魔法を使える人は無意識に反応させられるし、使えない人は意識的にしようとしても反応させられないんだ」


「なるほど」


 アルカは魔法が使える側の人間である為、無意識に魔法を使っていた。だからどうやったら使えるのか、なぜ使えるのかを学ぼうと思ったこともなかった。放出と反応、要するにその二つが魔法の原理である。


「今言った事を覚えておけばとりあえずは大丈夫かな。魔法と似たようなもので魔導術式とか神通力があるけど、これは今は関係ないから説明は省くね」


「おう」


 二つほど、アルカの知らない単語が出てきたが、説明は省くとの事なのでアルカも聞くことはしない。


「ちなみに、例の話はどう?受けてくれる気になった?」


「断る。話が終わったんなら俺は行くぞ」


『特別講習』を受けた事で十分過ぎる金額は稼げたので、今日は依頼を受ける必要がない。普段はテスイアの門が閉まる前には街の中にいなくては行けない為、依頼後のトレーニングは街の中で行わなくてはならない。


 勿論、アルカが普段鍛錬をしている公園の様な公共の場で魔法などは使えないから、魔法の特訓は出来ないのだ。特訓の方法も分からなければ、特訓する場所もない。


 だが今日は門が閉まるまで時間がある。折角時間があるのだから、明日からの為にも少し魔法の練習をしておきたい。

 ルクスに教わるのは癪だが、どうせ教わるなら少しでも認めさせてやろうと思うのがアルカなのだ。


 意味はないかもしれない、それでもがむしゃらに努力する。いつか報われると信じて。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「なんでお前がいんだよ……!」


 マリアの話が終わり、早々にテスイアの街の外に出たアルカ。その目的は何と言っても鍛錬である。

 テスイアの街は城郭都市とは言え、勿論城郭の外側、周囲にも、民家や畑、貧困層が住む貧民街はあるわけで。


 テスイアの西門からでて人が住む領域を抜け、家々が見えなくなるくらいさらに西へと歩く事少し。丘を越え木々を抜けたところにある開けた場所。


 以前からアルカが訓練に良さそうだと目をつけていた場所。道からは外れているため人がいるところは見た事がなく、日中でも周りにある数本の木の影に入れば涼む事が出来る。


 日中、特訓をしようとそんな場所にやって来たアルカだが、そこには先客がいたわけで。


「"白雪姫"……!」


 大きな剣を構えて素振りをする銀髪の女。小柄な身体ながら大きな剣を振り回しているが、不思議と違和感は感じない。それ程までに手に馴染んだ獲物なのか、はたまたその剣筋が美しい為か。剣を使わないアルカは詳しくは分からないが、恐らくその両方であろう事は冒険者として理解できる。


 そんな"白雪姫"はアルカの方をチラッと見て、


「……」


 すぐに視線をアルカから外し、無言で剣の素振りに戻る。興味が無いどころか眼中にすらなさそうなその態度に苛立ちを覚えたアルカは、ずんずんと足音を立てて"白雪姫"に近づいていく。


「おい!無視すんじゃね―――」


「しつこい」


 瞬間、目にも止まらぬほどの速度で、"白雪姫"は手に握った大きな剣をアルカの喉元に突きつける。

 何も、見えなかった。

 たかがBランク冒険者。その"白雪姫"の剣筋すら見えない。その事実はやりようの無い苛立ちとなってアルカを襲う。舌打ちしながら急いで地面を蹴り、大きく一歩後退する。


「……何しに来たのよ」


 静かな、それでいて迫力のある声でアルカに尋ねる。


「ま……まさかあんた……私を襲おうとしてるんじゃ無いでしょうね……」


 身体を隠すように腕を交差し拒絶のアピール。表情は見えないが鋭く刺さるような視線を感じる。

 そんなつもりなど無いし、寧ろ自分をそういう風に見られているという事が不本意でならない。いや、見た目と言動からは勘違いされても仕方ないのだが。


「……気持ち悪いわ……」


「違ぇよ!俺はただ特訓しに来たんだよ!あんたこそなんでここにいんだ!」


「ここはモンスターが来ない絶好の訓練場所なのよ。それより目障りだから早く帰ってちょうだい。あんたみたいな雑魚は城壁の中で大人しく守られてれば良いのよ」


「るせぇ!俺はここで特訓するっつってんだろ!あんたこそ邪魔すんな!」


「悪いわね、この場所は一人用なの」


「んな訳あるか!つーか俺は雑魚じゃねぇ!」


「あっそ。自分の実力すら分からないなんて哀れな男ね」


「てめぇ……!もういい!」


 外見や態度から"白雪姫"なんて呼ばれているが、中身は真っ黒。心に刺さる罵声を容赦なく浴びせてくるのだ。素直と言えば聞こえはいいが、もう少し相手の気持ちを考えて欲しいとアルカは思う。無論、アルカに言えたものではないのだが。


 本当はこの場所でなくても、人の行き来が少ない開けた場所ならアルカは構わないのだ。あるいは、この場所に居た先客が"白雪姫"ではなかったのならば。


 帰って頂戴と、そう言われてすんなりと帰るような人間じゃないのだ。寧ろそう言われると指示通りのことはしたくなくなる、そんな天邪鬼な男なのだから。


 アルカは近くの木の根本に、腰につけていた麻袋を置く。中からは貨幣やナイフなどの金属が当たって擦れる音が聞こえる。

 大きな剣を振る"白雪姫"から二十歩近く離れた場所に立つ。"白雪姫"が視界に入らないように、意識的にそちら側に背を向けて特訓を始める。


 手を正面に向けて意識を集中させる。身体の中を流れる温かい煙のようなもの、それが先程マリアから教わったウリルである。意識を研ぎ澄ましそのウリルの流れを掴む。体内に風を送り込むようにしてウリルを操り、ほんの少しであるが掌に集中させる。


 集中させたウリルはヌッと掌から放出。次の瞬間には、バチっという衝撃音を発しながら、ウリルとマナが反応し魔法として行使される。


 雷属性のアルカが放った魔法は、紅く輝く稲妻。正面に放ったと言っても、その距離はアルカの前腕より短い位でしかないのだが。


「きゃ!?」


「あ?」


 その衝撃音で驚いたのか、背後にいた"白雪姫"が声を上げる。その声に振り向くと、"白雪姫"がこちらを見ている。

 実際には仮面で見ているのかどうかは分からないのだが、顔の向きから判断すると、恐らく見ているのだろう。握っていたはずの剣は地面に落ちており、身体は石のように固まっている。


「あんたねぇ……」


 と、我に帰った"白雪姫"が肩をわなわなと震わせながらアルカに話しかける。どこからどう見ても怒っている。


「魔法使うなら先に言いなさいよ!気の利かない男ね!」


「へぇ……この程度でビビるなんてたんたも大したことねぇなぁ。そんなに怖いんなら城壁の中で守られてればいいんじゃねぇか?」


 だがそんな"白雪姫"を見たアルカは、先ほどの仕返しと言わんばかりの口撃。相手の発言をそのまま返すことでよりその効果を上げようと言う作戦だ。


「……あんた、ほんとムカツク」


「そりゃどうも」


 効果は抜群だ。怒りを通り越したのか、急に冷静になった様で、帰ってきたのは冷たい声。


 だが、そこで気付くべきだった。"白雪姫"は自分の言いたい事を我慢せず言うという事は昨日のルクスへの態度からも明らか。自分の思った言動を取る女なのだ。その女を怒らせてしまったと言う事はつまり。


「―――っ」


「あっ、やり過ぎたかも……」


 視界から"白雪姫"が消えた、そう思った瞬間、頭部に強い衝撃を受け、後ろに倒れ込むようにしてアルカの視界が反転。青い空と白い雲が視界に入ると、背中を冷たい土が迎え入れ、意識を失った。

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