第一章4 『無翼のオラシオン④』


「なぁ、それは分かったけどよ、話が繋がってねぇだろうが。そのニクスドラゴンの大規模討伐に何年もかかるんなら、上級の穴埋めに俺らみてぇな奴を育てる始めるのはわかるけど、5年に一回だろ?北に行った奴らもすぐ帰ってくんだろうが。俺らが強くなる前にそいつら帰ってくんぞ。なんで北のニクスドラゴンの大規模討伐で、俺が講習を受けさせられんだ」


 今までに聞いた情報で、マリアから与えられた情報で、頭の中で熟考するが全く理由が思いつかない。

 まだ話の途中なのは理解しているが、結論が早く知りたいと、自分の疑問を解消したいと急くアルカは、マリアにその思いをぶつける。


「もー、せっかちなのは良くないよ?順を追って話すって言ったでしょ」


「話が長えんだよ」


「それに、アルカ君に関係あるのは、別の大規模討伐任務だから」


「別?だって今、強い奴らはみんな北の方に……」


 言いながらアルカは考える。

 北方で行われるニクスドラゴンの大規模討伐任務。莫大な報酬のその任務に参加する為、上級以上の実力のある冒険者は北方へ向かってしまった。


 そしてマリアの発言。別の大規模討伐任務があるという事。それが計画的な任務、つまり前々から予定として組まれていたのならば、北方に行く冒険者を絞り、その別の大規模討伐任務に参加する冒険者を確保していただろう。


 しかし、そうしていないという事は、この別の大規模討伐任務が緊急性を伴うものであるという事を示唆する。つまり、上級以上の熟練した冒険者が軒並み不在の中、なんらかの緊急事態が起こり、アルカたち中級以下の冒険者達を使って対処しなければならなくなったという事だろう。


 そして恐らく、その討伐対象モンスターは、中級では対処できない。だから少しでも強くするために『特別講習』を開始、指導を始めた。そう考えることができる。


「その討伐に参加させてぇんだな」


「そういうことだね」


 ニコニコ笑いながら、マリアが答える。


「でもよ、そんなんあの爽やか野郎一人いればどうにかなんじゃねえのか。それでどうにもなんねえんなら、講習なんかしても意味ねぇだろ」


 アルカの中に残った最後の疑問。

 軍隊すら滅ぼせると言われるS3ランク冒険者。"王国最強の剣士"ルクス・フォン・ドレイラが居てもなおその対象に勝つことができないというのなら。

 それは国を挙げて戦う相手では無いのか。アルカの様な底辺冒険者に出来ることなど、せいぜい眺めるだけでは無いのか。


「そうだね、その通りだよ。相手が単体なら、それで良かったんだと思う。あるいは、こっちからモンスターの討伐に行く攻撃討伐任務ならね」


「単純に人数が欲しいってことか」


 "王国最強の剣士"と言えど、軍隊を滅ぼす力を持った人間と言えど。その身はたったの一つである。相手が複数箇所にいるのであれば、それに同時に対処することなどできようもない。


 ならば順番に討伐すれば良いのではないか。対象のモンスターが複数いるなら、複数回戦闘を行えば良いのでは、そう考えるのは当然だ。しかしその間に、一般市民が住む村を、街を、そのモンスターが攻撃してしまう可能性があるのならば話は別。

 敵が来る可能性のある場所を確実に防衛しながら、敵を排除しなければならない。


「そういうこと。勿論、公爵家の私兵も居るけど、ギルドとしてもなるべく戦力を提供しないと行けないからね」


「それでまだ人手足りねぇのかよ。……大事件じゃねぇか」


 公爵家の私兵までもが関わってくるという事は、このフェアリス州を治める公爵として、止めておきたい損害を出し得る事態だという事であろう。それはつまり、街や村などの人里に被害が及ぶ可能性があることを示唆する。


「んー、人手が足りない事はないとは思うんだけど、ギルドからの戦力が少ないのはギルドの体裁に関わるからね。ルクスさんに来てもらったから何とかなりそうだけど、やっぱり人数は多い方がいいし。他の支部にも協力要請出してるはずなんだけど、事情が説明できない状態で来てくれる冒険者なんて限られてるからね……」


 マリアは難しい表情をしながら「はぁ」とため息を吐く。


「『特別講習』とやらを受けさせられてる理由は分かった。けどよ、本当に何も教えらんねぇのか?モンスターも、いつどこに出んのかも」


「うん。混乱を避ける為に、とかの理由で教えてあげられないの。それに私が知ってるのは、対象のレートと、出現予想地域と予想日だけ。対象モンスターが何なのかも知らないの。あるモンスターのスタンピードの兆候が見られたって事と、その大規模討伐任務が出されるって事しか……」


 スタンピード、それはモンスターの突発的な大量出現のこと。特段珍しい事象ではないが、それはどこにでも生息する様な低レートモンスターに関しての話だ。


 モンスターの増殖・発生の仕方には主に2種類がある。一つは他の生物と同様の生殖であり、もう一つの発生方法の時にスタンピードが起こりやすい。


 もう一つの発生方法、それは『核誕生』である。大気中に漂う『マナ』が何らかの原因で多く集まった場所で、モンスターの核が生成される。その核が周囲の環境などに応じて様々なモンスターを形成する。

 その為、核誕生で発生したモンスターは、マナの集中度、周囲の環境によってスタンピードを起こしやすい傾向にあるのだ。


「ごめんね?」


 ちろっと舌を出しながら手を合わせて謝ってくるマリアに、これ以上の追求を諦めざるを得なかった。


 ギルド職員であるマリアですら大した情報を知らされていないとなると、ただのCランク冒険者に過ぎないアルカが知れる情報などたかが知れている。


 ギルド職員にすら情報が行き渡っていない。それが意味するのはかなりの緊急性を伴う事態である事、情報が漏れたら一般市民がパニック起こしかねないほどの非常事態である事のどちらか、もしくはその両方。


 ルクスが来たのも偶然ではなく、ギルドからの指示で必然的にやってきたと考えるのが妥当だ。

 クソったれ、とアルカは心中で小さく愚痴を零した。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「それで、今日の講習はどうだった?今日はとりあえず実力を測るってルクスさん言ってたけど」


 今日の講習についての感想を求められてアルカは渋い表情。講習と呼んで良いかどうかすら危ういものだったと、為になる事が一つもなかったと評さざるを得ない。


「あんなん意味ねぇよ。バカバカしい。ジジィの方が教えるのはうまかったぐらいだ」


「スラムで一緒に暮らしてたお爺さん……だっけ?」


「あぁ、五年前、王都のスラムで俺を拾いやがったジジィだ。昔は盗賊団の幹部だったらしくてよ、世界中の名品を盗みまくってたんだと。それでも捕まらねぇぐらいには強ぇんだぜ、あのジジィ。くたばり損ないのくせに、俺に戦闘技術を教え込んできやがってよ」


 アルカは懐かしむように、楽しそうに微笑みながら、一人の老人について語る。


「あはは……。一応、私は世界政府の人間だから、お爺さんの犯罪をそんな楽しそうに言われても……」


 マリアはそんなアルカの話を聞いて、苦笑いしながら忠告する。


「ちなみにルクスさんはどう?強かった?」


 話題を変えようとしたのか、マリアが問う。


「……強ぇよ。だけどいつか越える。世界中に俺が強いって認めさせてやる」


「あはは、アルカ君らしいね。でもその為にはまず、自分が自分のことを認めてあげなきゃ。難しいかもしれないけど、自信を持つの。アルカ君はみんなを見返したいんでしょ?」


 スラムでも冒険者になってからも、他人から馬鹿にされ蔑まれ騙されてきたアルカ。いつ思ったのかは分からない。だがそういう人間を、王国を、世界を見返して、認めさせたいと願ってしまった。その為にアルカは努力を続けている。いつか報われると信じて。


「アルカ君の努力を見てる人はきっといるよ。それに、頑張ってる事には誇りを持たなきゃ。アルカ君は絶対、強くなれる」


「当たり前だ、俺は強くなる」


「ルクスさん言ってたよ。アルカ君には才能があるって」


「……ざけんなよあの野郎……」


 アルカは才能という言葉が嫌いだ。そんなものの存在を認めて仕舞えば、アルカの努力はどうなってしまうのか。圧倒的な才能の前にはどんな努力も敵わない。それは特に身体能力や魔法に関しては周知の事実である。


 だからアルカは認めたくないのだ。才能という存在を、自分に才能がないというその事実を。才能があると口でいくら言われようとも、才能があると言うに足りる実力がない事は自分が一番分かっている。


「私はよく分からないけど、でも、アルカ君は誰にも師事しないで冒険者として一人で生き残って来れたんだよ。きっと、努力の賜物なんじゃないかなって思うな」


「……」


 それは、アルカに自信をつけさせようとして言った言葉。本心なのかお世辞なのかは分からないが、少なくともその言葉は、アルカの心をほんの少しでも動かす事に成功した。


「さて、講習についてだけど、今日のはルクスさんが皆の実力を測っただけだから、たしかにアルカ君には意味が無かったかもしれない。本番は明日から。でもルクスさん、アルカ君にだけ厳しかったけど、実は怒ってるのかもね」


 そんな物騒なことを言い放ち「ふふ」と笑うマリア。恐怖に関して殆ど感じないアルカと違い、ただのギルド職員なのに肝が座っている。昨晩、冒険者達はルクスの登場やアルカが乱暴な口調をしただけで緊張していたと言うのに。


「最悪だ……」


 しかし流石のアルカも恐怖を殆ど感じないとは言え、ルクスが怒っていて、今日のしごきが何日も続くのかと考えると嫌な気分になる。


「もう!そんなこと言わないの!明日からはきちんと教えてくれるはずだから。特に魔法を重点的にやってもらうつもりだし、ちゃんと聞いといたほうが良いと思うな」


「……それこそ意味ねぇだろうが。何度も言ってるけどよ、俺は魔法は使えるけど、まともな攻撃手段としては使えねぇんだよ」


「もー、それは思い込みだよ。魔法だって特訓次第で伸びるんだよ?アルカ君は魔法の特訓はしてないでしょ?たしかに筋力とか身体能力と違ってがむしゃらにやっても伸びないのは事実。でもルクスさんに教えて貰えばできるかもしれないんだよ」


「……」


 マリアの言う通り、アルカは魔法の特訓はしていなかった。していなかったと言うより、出来なかった。どういう風に鍛えれば良いのかが自分では見当がつかず、教えてくれる人もいなかったからだ。


 そもそも、魔法が使える人間は少数であるし、それを攻撃手段として使用できる人間となるとさらに限られる。大半は幼い頃から教育を受けている貴族であり、一般市民、特にアルカのような貧乏人がその教えを享受出来ることなどほとんど無い。


「だから今日は魔法について予習しておこうと思って。アルカ君、魔法使えるのに魔法のこと全然知らないでしょ?宝の持ち腐れだよ」


「知ってるわ!」


「へぇ〜。じゃあ魔法の八大属性ってなんだっけ」


 アルカの啖呵を聞いて、ニヤニヤと笑いながら質問するマリア。


「雷、火、水、風、氷、土、あとは……」


 ゆびを折って数えながらアルカは答える。しかし六つ目を答えてから数秒の沈黙。残り二つが出てこないのはマリアから見て明白であった。「ふふ」と笑ってからマリアはアルカに答えを教える。


「花と闇だよ。やっぱり知らなかった」


「るせぇ!今思い出してたんだよ!言わなきゃ答えられた!邪魔すんな!」


 アルカが負け惜しみのようにそう言うと、マリアはあしらうように「はいはい」と答える。


「いーい?明日はきちんと教えて貰えるんだから、失礼のない様に今日中に最低限のことは覚えなきゃいけないの。アルカ君かなーり失礼な話し方してるけど、ルクスさんは王国から勲章も貰ってるし、叙爵した貴族なんだよ?」


「でもマリアは他の奴らと話し方変えてねぇじゃねぇか」


「元から失礼な話し方してないもん。それにギルドは世界政府の管理機関だし、職員としては貴族だからって特別待遇はしちゃダメなの。仕事中は世界政府の一員として、ルクスさんって呼んでるけど、私だって王国国民だもの。休日に会ったらルクス卿って呼ばなきゃいけないんだからね。心の広い方で良かったけど、気をつけること」


「……で、何覚えれば良いんだよ」


 そもそも丁寧な話し方、敬語に関してはアルカはよく知らない。失礼のないように、と言われても無理な話なのだ。

 不貞腐れた顔で話題を変えるアルカに、マリアは「まったくもう」と言って苦笑いしたのだった。

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