迷宮で死にかけてたら謎の黒髪美女に救われた件
【ステータス】
ヤマジ・アサヒ
迷宮適性:B-
冒険者階級:2C
MP:50/120
HP:10/210
状態異常:失血
――自分は死ぬのだと思った。
迷宮の魔獣に腹を抉られて大きな傷を負った。魔獣はなんとか倒せたものの、治癒薬はみんな使い切ったあとだったし、そもそも僕はパーティを追放されて迷宮に取り残されてしまったのだから。
誰もここには来ない、来ても誰も助けてくれやしない。
せっかく、異世界に転移したっていうのに。ダメな自分を変える機会が、やってきたと思ったのに。
僕はダメなままだった。一人で突っ走って、自分が全てを支配しようとして、一人野垂れ死ぬ。
……身体の感覚が薄れてきた。頭もぼんやりとして、時間の感覚が速くなったり遅くなったり、揺れているような、飛んでいるような、不思議な感覚だ。
走馬灯は、見たくない。
なにもいいことがなかった。
なにもいいことをできなかった。
その理由なんて、もう分かってるんだから。
答え合わせをしたいとは、思わない。
だから、どうか……神様――。
パチ――パチ――。
あたたかい……。気持ちいい……。
少し身体は気怠いけれど、その安心感の正体を知りたくて、僕は目を開けた。
焚き火だ。
まず目に飛び込んできたのは、あたたかな炎だった。
上体を起こす。と、隣に女の人がいることに気付く。
かわいくて綺麗だ。
艶やかな黒髪、すらりと通った鼻筋。みずみずしい唇。触れれば心地良い弾力を返してきそうな白い頬。幼めの顔立ち。
僕は秋田生まれの秋田育ちなのでこの手の美人はそれなりに見てきたが、彼女は、その中でも一番綺麗だと思う。
彼女は膝をかかえて寝ていた。
安らかに寝息を立てているのを見ると、
頬に触りたい。
髪を撫でたい。
そして匂いを嗅ぎたい。
――い、いやいや! 待て待て。
そんなことしていいはずがないだろう!
――でも据え膳食わぬは恥だしな……。やらない後悔よりする後悔とはよく言うし。当たって砕けろの精神でいってみるか。
そぉっと、僕は眠る女性に近付く。万一もの音を立てて彼女が目を覚ましたら大変だ。言い訳のしようがない。だからバレないように行く。
慎重に、慎重に――間違いの起こらないように深呼吸だ。腹に力を込めて――
「――っ痛!」
激痛が走った。腹だ。
――ああ、そうだ。魔獣に抉られて――。
記憶が蘇える。
迷宮で一人、野垂れ死にかけていた記憶が。
――そうか、この人が僕のことを――。
納得した次の瞬間、僕は姿勢を崩して倒れてしまった。けれど幸か不幸か、迷宮の固い床に頭をぶつけることはなくて――
「う、うぅ……」
かわりに、なにか柔らかいものに頭が当たっていた。
「なにか」というか、彼女の胸に違いない。これでも令和の日本人だ。定番のラッキースケベくらい知ってる。
今の時期、迷宮内の季節は冬で冒険者は基本的にみんな厚着をしているのにもかかわらず、彼女は夏に着るような薄めの服装をしてくれていたおかげで、胸の感覚がダイレクトに伝わってくる。
匂いは、思ったほどじゃないけど女の子のいい匂いだ。なんとなく安心する。
「…………あの、」
声がした。見た目通りのかわいらしくも凛とした声。当然と言うべきか、そこには嫌気が込められているように聞こえた。
「あ、ご、ごめんっ」
手をついて、身体を起こして離れる。その時偶然、彼女の手に触れてしまった。すべすべとしていた。アイドルの握手会とかで、一生手を洗わないと誓う人の気持ちが分かった気がした。
僕が離れると、彼女は警戒しているのだろう、すこし後ろに下がってこちらをじっと見てきた。
「あ、あの、貴女が助けてくれたんですよね。……ありがとう。僕、」
「――アサヒ」
「え……?」
「アサヒって言うんでしょ。知ってる」
ぶっきらぼうに、僕の名前を呼んでくれた。
「なんで、名前……」
「秘密」
唇の前に、その華奢な人差し指を立てて言った。
それから彼女は笑って、
「ふふっ。面白い。顔、赤くなってる」
無邪気に指摘した。
その顔で僕は、彼女のことが忘れられなくなってしまった。
きっと、これが恋なんだろう。
生まれてこの方18年、恋なんてするのは初めてで、確証は持てないけれど、きっとそうに違いない。
それから、僕と彼女は一緒に歩いた。といってもデートではなく、護衛してもらっただけなのだが。
ここは道が一定の間隔で作り換えられる機構迷宮だ。行きと帰りで道が違うから、マッピングを仕直すハメになるし、その分時間もかかる。その間に、今の僕のような弱った冒険者が魔獣の餌食となる例はいくつも報告されている。
機構迷宮に潜り、帰ってこれなくなった冒険者の死因は半分は帰り道をナメたことだと言われるくらいだ。
「焼けろ!」
その点、彼女に油断は一切なかった。
彼女の杖――ステータス的にはS級の迷宮遺物らしい――による火炎魔術は魔獣を骨さえ残さずに焼きつくす。
「あの、少し勢いが強すぎるんじゃ……」
「い、いいでしょ。強いほうが」
「MPの残量大丈夫ですか?」
「す、人のステータス勝手に見ないでよ!」
「そんなことしませんよ! それでパーティ追放されたばっかなんですから! ていうかなんで僕がステータス覗けること知ってるんですか?」
「……秘密」
――僕がパーティを追放されるとこのやりとりをどこかで聞いていたのだろうか。
「で、MPは?」
「ごめん。実は結構ヤバい」
「火力強すぎるんですよ!」
「だって寒いから仕方ないじゃん!」
「じゃあなんでそんな薄着で来たんですか!」
すると彼女はばつの悪そうな顔でそっぽ向いた。
――この人、思ったより駄目な人かもしれない。
「……だ、駄目な奴って思った?」
「お、思ってませんよ」
「図星って顔してる」
「う……」
彼女はため息をついて、
「マッピングはやり直しになるかもしれないけど、少し休憩しよう。安全には代えられないからね」
彼女の指差す先の部屋、そこ結界に覆われた部屋だった。冒険者の間では、休憩所と呼ばれている。
「ふう。やっぱり血が足りないとMPの減りも速いんだな……」
「血……? もしかして」
「あの日とかそういうのじゃないぞー」
言って、彼女は僕のお腹を指差した。
「輸血したんだ。私の血を」
「え……でも……」
「血液型に違いがなくて良かったよ」
「…………貴女の、血が」
いまもこの身体の中を巡っている。
僕の命を、支えてくれている。
「まあそんなワケだから、少し寝かせて。申し訳ないけど、起こさないでくれると助かる」
「わ、わかった」
彼女はバッグから手早く焚き火台を取り出して、固形燃料を放り込むと杖で着火した。めらめらとあたたかな火が立ち上がる。その前に座り込んで、
「じゃ、おやすみ」
目をつむると1分と経たないうちに寝息をたてはじめた。余程疲れていたのだろう。
とはいえ、この薄着では十分に安眠などできないはずだ。
僕は上着を脱いで、彼女にかけた。
「僕も、寝るか……」
とにかく今は身体を休めなくては。僕は彼女の向かいに座って、眠ることにした。
「…………ん。あれ?」
目が覚めると、彼女はいなくなっていた。
近くには杖と書き置き。
『すまないがヤボ用を思い出したので先に行かせてもらう。護衛については頼りになる奴を雇っておいたのでそいつが代わりに遂行してくれる。
追伸:その杖はなにかと役に立つので持っていくといい。』
「男……?」
「おい」
低く、野太い声だった。
「目ェ覚めたか」
声のした方、背後を振り向くとヒグマのような男が立っていた。2mはありそうだ。
その、目付きの鋭いヒゲ面の男は僕の顔をじっと、睨みつけてくる。
「――っ!」
「……うし。大丈夫そうだな。じゃあ行くぞ。ついさっき
「あ、は、はい!」
僕は彼の後に続いて休憩所を出た。部屋の中央に残ったわずかな黒ずみ、焚き火の跡を名残り惜しく思いながら。
「しっかし、あの姉ちゃん、美人だったな」
おそらくあの人のことだろう。僕は彼からもらった治癒薬の封を開けながら、うなずいた。
「え、あ、そ、そうですね」
ごく、ごく、と治癒薬を飲む。味はマズいけど身体に染み込むこの感じは悪くない。
「お前、あの人の弟かなんか?」
「――ぶふっ!?」
「お、おい汚ねえなどうした突然」
「……なんで、そう思うんですか?」
「なんとなくだ」
――そうか、弟に見えるのか、僕は。
「なんかなあ、お前の顔、どことなくあいつに似てるんだよな」
「ええ……そうですか?」
「そうだよ」
「…………」
どうにも腑に落ちない。
そんな感覚を抱きながら、僕は迷宮からの帰還に成功した。
僕の護衛をしてくれた男の名はレイルと言った。
あの日以来、僕とレイルはちょくちょく迷宮ではち合わせることが多くなり、しかも、どちらもソロ冒険者だったので実質的にパーティを組んでいるようなものだった。
二人で迷宮に潜って、必要なくなれば解散する。ある意味ではドライな関係だったが、それでもいつの間にか、僕達の間には確かな信頼が生まれていた。
僕とレイルはお互いに、パーティを組もうとは提案しなかった。僕はパーティを作るということに臆病になっているからで、きっと、レイルの側も同じような理由なのだろう。
彼の冒険者としての実力は高い。許可を貰ってステータスを見せてもらった時、レイルの迷宮適性――迷宮探索において最も意味を持つ指標で、ざっくり言えば迷宮からの帰還率を示している。こいつが高い冒険者は慎重で多くの場面で正しい判断を下せるとされている――はA+だった。レイルと同じ年齢でこの域に達している冒険者はそう多くない。
実際、レイルがパーティに勧誘されているのをたびたび見かけたことがある。どんな有名パーティに勧誘されても、彼は誘いには応じなかった。
「なんで断るんだ?」
ある時、我慢できなくなって訊いたことがある。
「……ちと、面倒事をしょっててな」
彼はそれ以上のことはなにも、言おうとはしなかった。
3ヶ月が経った。
僕とレイルは迷宮の深層を難無く探索できるようになっていた。僕は後方から火炎魔法で魔獣を焼き、レイルは大剣でどんな敵でも一刀両断してみせる。
僕達のコンビネーションは申し分のないものになっていた。
「……正直、僕はもう、あのときとは違ってお前と同じくらい、戦えるようになってると思う」
「……? そうかもな」
だから、
「レイル。お前がなにを抱えてるのか知らないけどさ、僕はもう、それを一緒に背負うことができると思うんだ」
僕は提案する。
「パーティを、組まないか」
パーティを組めば、パーティ運営資金としてギルドからの支援金をより多く貰うことができる。それに、パーティ割引がきくようになるので宿やレストラン、治療院で支払う金額も少なくて済む。
「お前、この間の傷、まだ治ってないよな? ……金がなくて治療院に行けないんだろ」
数日前、レイルは魔獣に酸性の粘液をぶっかけられて左腕に大きな火傷を負っている。おそらく、複雑に入り組んだ呪いつきの攻撃だったのだろう。本人は治癒したと言い張っているが、動きを見てれば分かる。
「……バレちゃ、しゃあねえな」
観念したようにレイルは言った。
「じゃあ……」
「駄目だ。パーティは組めない」
「な、なんで! 僕は強くなったし、これからももっと、強くなる! だから、」
「そういうんじゃねぇよ。強いからとか弱いからとか関係ねえ」
そう言って、レイルはため息をついた。
「俺には、厄介な呪いがかけられてるんだよ」
「呪い……?」
「ああ。それも太古の昔に生まれた禁呪だ。だから、誰にも分からないんだよ、呪いの解き方が」
「それは、パーティを組んだら死ぬとかそういう……?」
「まあ、だいたい合ってるな。……なんでも、俺と一緒のパーティを組んだ奴は、憑依されるらしい」
「憑依?」
「ああ。……俺に呪いをかけたのは、機構迷宮アンステイブルの
「なるほど。つまり今、僕とお前がパーティを組めば、僕はその迷宮の主に憑依されるってわけか」
「ただ、一つ条件があってな。迷宮の最奥に行けば、そいつが直々に呪いを解いてくれるらしい」
「ふうん」
「まあ、この傷じゃあそれも叶わないかもしれないがな……」
「お前、呪いを解くためだけに最奥を目指してんのか?」
「あ? そりゃどういう……」
「本当は別に、理由があるんじゃないのか?」
レイルは体格に恵まれているし頭もいいし社交性だってそこそこある。無理に冒険者をやらずとも、働き口はいくらでもあるはずだ。
なのにそんな呪いをしょっても冒険者を続けるのは、何か理由があるのだろう。
「今日はやけに踏み込んでくるな。今までそんな素振りちっとも見せなかったのに」
「僕はただ、お前に傷を治してほしいだけだよ」
「そうかい。ありがとな。……俺の幼馴染が、人質に取られてるんだ。アサヒ、お前は、俺のために死ぬ覚悟はあるか?」
言葉に詰まった。
だが迷宮の主に憑依されるとはおそらく、そいうことなのだろう。最悪、自分の意識が迷宮の主に塗り潰されて消えてしまうかもしれない。
「……無理だろ」
笑みをこぼしながら、レイルは断じた。
「お前にだってやりたいことはまだまだある。例えばそう、あの女。お前の護衛を俺に託して消えたあの女をお前はまだ探してる。そうだろ?」
「まあ……でも、手がかりがないんだ。正直、諦めてる」
それに、僕にはこれといった目的がない。生きる上での目的、のようなものが。
迷宮探索を始めたのだって、常識も力もない僕がこの世界で生きるには冒険者になるしかなかったから、というのが理由だし、本来なら、あの日トラック轢かれて失っていたはずの命だ。
レイルのために失うのなら、それも悪くないと思えてしまう。
「テメェ……!」
不意に、胸ぐらを掴まれた。レイルに身体を持ち上げられて、足が地面から離れる。
逆鱗に触れたのだろうか、レイルは僕を睨みつけた。ただ、黙ったまま。
それが1秒だか1分だか続いて、レイルは手を放した。僕の身体は重力に従って下へ。落下して、尻もちをつく。
「……そんなことされても、俺は喜べねぇよ」
ただ、それだけ告げるとレイルは僕のもとを去った。
翌日。僕とレイルは偶然迷宮で鉢合わせた。
ステータスを覗いてみると、どうやらまだ治療を受けていないらしい。
「レイル」
無視しようとするレイルを呼び止めて、小袋を放り投げる。中身は金だ。
「……?」
「昨日は悪かった。でもせめて、治療くらいは受けてくれ……足りないかもしれないけどこれが、今の僕の精一杯だ」
小袋の中身をちらと見て、レイルは呆気にとられたような顔をする。
「お前……」
「な、なんだ」
「……なんではじめっからこうしなかったんだ?」
「へ?」
「いや、勘違いしてるのかもしれねぇが俺は金恵んでくれるんならありがたくいただく主義だぜ。流石に自分からそれを言うのは憚られるが……」
「そうなの?」
「他はどうか知らんが、俺は金より命のが重いと考えてる」
「そうなんだ……」
結論から言えば、僕たちはこれを機に無事、仲直りできた。
半年が経った。
僕たち二人は迷宮のかなり奥まで探索を勧めており、街でも変わり者の有名人二人として名が通るくらいになっていた。
機構迷宮アンステイブルはオーソドックスな7層構造の迷宮だと言われている。
1〜2層がセットアップ。3〜5層がコンフロンテイション。6〜7層がレゾリューション。
……という具合に7層迷宮は3つの部分に分けて考えるのが一般的とされており、2つ目の部分、コンフロンテイションの真ん中、ミッドポイントを攻略できれば冒険者としては一人前だと認識されるようになる。
が、そこから先を目指す者は少ない。ミッドポイント以降は難易度が急激に上昇するので大抵の冒険者はミッドポイントを攻略するまでに留めて、それから先へは進もうとしないのだ。
僕たち二人は今、ミッドポイントを超えた先にいる。
第5層を攻略したのが先々週。今日からはいよいよレゾリューション、第6層へと挑む。
ミッドポイント以降は全体的に魔獣が強化せれているだけでなく、特殊なギミックが多く施されている。場合によっては、セットアップの階層で入手できるアイテムを使わなくては先に進めないようになっていることもある。
それに加えて、レゾリューションからはいにしえの呪いを掛けられる危険性が出てくるらしい。レイルにかけられた呪いのように、現代の術師では解呪不能な呪いが。
「……もしかすると、迷宮の主に遭遇するかもしれないな」
「ああ。だとしても、俺達のやることは変わらない」
「「――最奥へ辿り着く」」
僕たちの思いは一つに重なっていた。
迷宮6層の風景は1層のとあまり変わらない、無機質な壁の続くものだった。それなのに季節設定が夏だから、蒸し暑くて仕方ない。いくら休憩所とはいえ、これでは休めない。
気を紛らわせるため、僕はレイルに話しかけた。
「しかし、呪いってどんなのがあるんだろうな」
「俺にかけられたようなのは流石にないと思いたいが、そのどれもが解呪不能のシロモノなのは確かだ。考えたって、仕方ないんじゃねぇのか」
「それはまあ、そうだけど……」
「ま、気になるよな。これは他の迷宮の話なんだが、なんでも、魔獣の血を啜らないと痒みが止まらない呪いとか、心拍数が一定以上になると全身から血が吹き出る呪いとかがあるらしい」
「イヤすぎるな……」
「でもまあ、全部が全部そんな調子ってわけでもないらしいぜ。本当かどうか知らないが例えば、魔獣と会話できるようになる呪いとか、恋人の考えてることが分かるようになる呪いなんてのもあるらしい」
「……それは、どうなんだろうな」
いいことなのか悪いことなのか分からないが、比較的危険性は低いと見て良さそうだ。
――解呪不能の呪いとは言うが、呪いという言葉が適切かどうか疑わしいのもあるんだな。
「結論としちゃあだから、考えたって仕方ねぇってことだな」
「ま、そうだな」
そうやって会話を終えて、僕たちは休憩所を出た。
『迷宮戒律第23条――』
部屋を出た、瞬間だった。
『休憩所では、会話を始めた者が会話を終わらせてはならない』
頭に響く声が聞こえて――
『戒律違反のため、ペナルティを課す』
呪いがふりかかった。
幸いにも、呪いは命に関わるようなものではなかった。精神にも大きな影響の出るものではなかった。……本来は。
まあなんにせよ、僕にとってそれは、迷宮攻略に支障をきたすような呪いではなかった。これがレイルにかけられていたら、かなり困ったことになっただろうが、僕にとっては大きな障害ではなかった。
なので、迷宮戒律についての情報収集を行ったのち、僕たちは再び迷宮に潜った。
……なぜだか、呪いをかけられるのはいつも僕で、レイルには一切呪いをかけられるということがなかった。
かけられる呪いはどれも迷宮探索に直接的に支障をきたすようなものではないとはいえ、どれも厄介なものだった。
助かったのは、迷宮の呪いの中には一部、解呪条件が設定されているものがあったことだ。
――魔獣を一体も殺さずに10時間迷宮で過ごせ。
――他の冒険者に金を与えよ。
――1層を10周せよ。
一見理不尽に見える解呪条件の中には、攻略に役立つものもあったりして、僕には、迷宮の主が僕たちを最奥に呼んでいるかのように感じられた。
色々あったが、どうにか夏のうちに僕たちは、6層最後の部屋に到達することができた。迷宮最後の部屋では冒険者に試練を与えられる。セットアップの段階では単に、強い魔獣を倒すだけの試練しかないが、ミッドポイント以降は特殊な試練が多くなる。罪の懺悔、過去に向き合う、魔獣と交渉する……などだ。
この6層の試練もまた、特殊なものだった。
それは、過去の世界に趣き、そこにいる過去の自分を乗り越えるという試練。
試練の内容が明らかになった瞬間、僕は予感した。
この9層の試練を僕はクリアできないかもしれない、と。
だって僕はこれから、過去の自分を救うのだから。
……この杖を与えることが、過去の自分より今の自分のほうが強い証明になればいいが……。
冬の迷宮は寒い。白い息を吐きながら、僕は迷宮の中を歩いた。程なくして、僕は見つけた。
血を失い、死にかけているヤマジ・アサヒという少年を。
【ステータス】
ヤマジ・アサヒ
迷宮適性:B-
冒険者階級:2C
MP:50/120
HP:9/210
状態異常:失血
――こりゃひどい。すぐに処置しても間に合うかどうか。
げれど選択肢は一つだ。
そうしなくては、今の僕も存在しないことになってしまう。迷宮の呪いによって性別が変わったからと言っても、僕は僕だ。
――ああでも、とんだ笑い草だな。これは。
一刻の猶予も許されない状況。けれど僕は笑ってしまう。
まさか初恋の相手が、未来の自分自身だったなんて。
[やりたいこと]
ちょっと切ないラブストーリーが書きたい。
舞台はファンタジー世界(ナーロッパ)。
常にその形を変え続ける機構迷宮アンステイブルにやってきた転生者はある日迷宮で美少女に助けられる。少年が目を覚ますと、少女はいなくなっていたが、少年は少女のことが忘れられず、足繁く迷宮に通うようになった。
ある日、少年は迷宮の呪いにかかって迷おん(迷宮に入ったら女の子になった)してしまう。それでも少年は迷宮に通い続けた。ある日のこと、少年は迷宮の最奥に辿り着く。そこには池があり、少年は足を滑らせて池の中に入ってしまう。その先は数年前の世界だった。少年が迷宮を歩いていると、今にも死にそうな冒険者を発見する。それはかつての自分だった。
少年が追い求めていた少女とは、未来からやってきた自分自身だったのだ。
[あとがき]
おのれレイル。
別に彼が嫌いというわけではないのですが、この小説が8000字オーバーした原因の半分以上はレイルが登場したせいだと思っています。出したことを公開しているかといえば、そんなことはないのですが……。
本来はほんの刹那のボーイミーツガールを忘れられない少年がいろいろあった末にかつて出会った少女の正体が自分自身であったことを知るだけの話だったのですが、レイルの登場によってなんだかその辺ぼやけてる気がします。いけませんね、これは。
とはいえ、レイルのおかげで展開案を色々と考えられたのは楽しかったです。例えば、「アサヒがレイルとパーティを組んで、アサヒに迷宮の主が憑依。その影響でアサヒが女体化する」という展開も考えていました。というか途中までそのつもりでした。レイルが激おこしたので実現しませんでしたが。
ちなみにその場合、死にかけのアサヒを救ったのは迷宮の主かアサヒか、という問題が出てくるのですが、それはどっちでもいいと思いますが、個人的には主が救けた、という展開のほうが好みですね。初恋の相手で女体化した自分でしかも、精神をヒトならざるものに乗っ取られた状態とか、中々そそるシチュエーションだと思いませんか?
迷宮の設定は適当です。セットアップとかコンフロンテイションとかは、お察しの方もいると思いますが三幕構成からとりました。もともとは序破急にするつもりだったのですが迷宮の名前はアンステイブルだし、英語由来のやつのがいいかな、と思い三幕構成からいただくことに。
この世界観で長編書くのも楽しそうですが、設定だけで結構な量になることが予想されてかなり大変そうなので難しいですね。迷宮の呪いについても、基本的に理不尽なものとして設定してあるのですが、長編で今回みたいなご都合の呪いはよくない気がしますし。
長々と書き連ねましたが、もしここまで読んでくださる奇特な方がおられましたら嬉しいです。
この夏は短編を書きまくるつもりですのでよろしければ他の短編にも目を通して行って下さい。
――令和2年8月2日 里場むすび
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