第十二話 修羅場(Easy)

「では、私はそろそろ帰ります」

 

「ん、もうそんな時間か」

 


 俺たちは時が経つのを忘れて話し込んでいたらしく、時計を見て、窓から差す夕陽に遅れて気づく。

 遅くに女の子を一人で歩かせる訳にもいかないので、俺が途中まで送った方が良いだろう。

 俺は机に出したグラスをキッチンへと下げて、戻ってくるとリュックの中から財布を手に取る。

 

 

「確か、駅の方だよね? 送っていくよ」

 

「え、いいんですか?」

 

「うん。危ないし、帰りに買い物行くから」

 

「ありがとうございますっ、じゃあ、お願いします」

 

 

 彼女が荷物をまとめるのを待ちながら、俺はポケットからスマホを取り出し、スーパーの広告を見て、ある程度目星をつける。明日の食材も調達しておくので、何がいいか考えているのだが………そうだっ

 

 

「川瀬さん、明日何が食べたいとか要望があったりする?」

 

「え、要望していいんですかっ!」

 

「う、うん、俺に出来ればだけど……」

 

 

 すると川瀬さんは「う〜ん……」と小さく唸りながら考え始め、暫くすると、はっ、としたように顔をこちらに向けてくる。勿論、目はキラッキラに輝いておられます。

 

 

「十坂くんの得意な卵料理が食べたいです!」

 

「卵料理か………オムライスとか?」

 

「おっ、おむらいすっ……!?」

 

 

 キラキラが一層増し、「じゅるり」と唾を飲む音が聞こえてくる。どうやらお気に召された様子。

 

 

「うん。多分、ふわふわとろとろに出来ると思うよ」

 

「ふわふわ……とろとろ……っ!」

 

 

 本人もふわふわとろとろ状態である。

 

 

「これは決定……かな? じゃあ、明日はオムライスで」

 

「はい! うふふっ…! とても楽しみですっ!」

 

「………一応聞いておくけど、勉強会だよね………?」

 

「はいっ、勉強会ですっ」

 

 

 一応、目的は忘れていないのか、強く頷く川瀬さんだが、頬の緩みが隠せていないので、本当にメインが勉強なのか疑わしいところである。でもまぁ、川瀬さんが幸せそうなのでよしとするか。

 というか、遅くなったら悪いから、早く送った方が良さそうだ。

 

 

「わかった。じゃあ、そろそろ行こうか」

 

「はい、お邪魔しました」

 

 

 そうして玄関に向か――。

 

 

 ――ガチャッ

 

 

「ただいまぁ〜!」

 

 

 ………………あっ。

 

 

 やばい、完全に『この人』のことを忘れていた。

 

 

「………えっ?」

 

「あら? ………川瀬さん?」

 

「……………やらかした」

 

 

 俺たちは、玄関でなーちゃん先生と出くわした。

 

 

 ☆★☆

 

 

「そ〜れ〜で〜? なんで川瀬さんをここに呼んでるのかな、天ぁ〜?」

 

「な、なんで七海先生が、十坂くんのアパートに来ているのですかっ!」

 

 

 ――数分後。

 

 俺達は一旦リビングのソファへと場所を移し、取り敢えず状況を確認し合うこととなった。なったのだが……

 

 

「あっ、あの……取り敢えず二人とも、落ち着いてっ――」

 

「「落ち着けません!(♪)」」

 

 

 ――全然落ち着いてくれないのだ……。

 いや、というか七海先生に関しては少し楽しんでような感じである。顔、ニッコニコだし、昼休みの件もあるし、絶対からかってるよね、これ?

 

 

「とっ、取り敢えず七海先生? これにはちょっとした事情がありまして――」

 

「もう、天ったら、いつもみたいに『香織さん』って呼んでよ〜」

 

「あ、あははっー! 嫌だなぁー先生! からかうのも程々に――」

 

「いつもなら耳元で『香織さん』って呼んで、ぎゅっ、としてくれるのに」

 

「ち、チョットナニイッテルカワカンナイッス……」

 

 

 いや、まじで分かんない。そんなことした覚えもない。いつもは『香織さん』と呼んでいることは本当なのだが、耳元でぎゅっ、としながらって………あんたの日頃の妄想じゃねぇか! 俺を巻き込むんじゃねぇ!

 

 先生はそーゆーのに憧れているのである。

 

 

「……あのっ、ちょっといいですか?」

 

「ん? どうしたの川瀬さん?」

 

 

 俺が先生にからかわれていると、首を傾げている川瀬さんから声がかかる。

 

 

「えと………七海先生、学校での雰囲気と違うなぁ……と」

 

「あぁ、そのことね」

 

 

 先生は足を組み変えると、その乗せた方の足に肘をつき、その手に顔を乗せると言う、なんとも色気のあるポーズをとる。

 

 

「私、学校では少し猫被ってる……って言うのもあるけど、単純に疲れているせいか、声をあまり張り上げたくないのよね」

 

「おい教師、雨に声が負けてたぞ」

 

 

 雨に声が負ける教師など、この人に以外にいるのだろうか? いや、絶対いないな、いちゃならん。

 

 

「私、別に説明しなくてもいいと思ってるのよ、授業。ぱぱっと板書だけ書いて頭にいれて、問題を解くときに分からないところがあれば、挙手っていうほうが楽だと思うの」

 

「うちのクラスでやったら大半が手を上げそうだな、知らんが」

 

 

 実際、学校に入ってからの初テストなので彼、彼女らの実力は知らないし、うちの学校は順位を張り出したりしないそうなので、知ることもないだろう。まぁ、友達同士であれば教え合ったりするのだろうが、生憎と俺には友達が…………いや、今は川瀬さんがいるか。

 

 

「あああぁ、もうテスト期間になっちゃった………テスト、作りたくないぃぃ………」

 

 

 頭を抱え、大げさに泣き出すマネをする先生。大っきな子供状態である。生徒には『現実見て勉強しろ』と言っていた人間の本当の姿がこれだ、目も当てられない。

 

 

「………とまぁ、この通り、テスト期間のたびに泣き出す先生を、テスト期間のたびに俺がお世話してるわけです」

 

「お世話になってまぁーす」

 

「そ、そうだったんですね………」

 

 

 川瀬さんは珍しく「あ、あはは…」微笑を浮かべていた、しかも少し引きつっている。そらそうか、先生の性格変わりすぎてんもんな、学校と。

 

 

「お二人は従姉弟なのですか?」

 

「いんや、血縁関係ではないよ、ただのご近所さん」

 

「………お世話とは具体的にどんなことを……?」

 

「え? それは普通に夜ご飯をつく――」

 

「ご飯を作ってもらって、それから私がテストを作るのに必要な元気を天に注いでもらってるの………身体に♪」

 

「あの誤解を招く言い方をするのやめてもらってもいいですかね?」

 

 

 あなた教師ですよね? 思春期の学生相手に何吹き込んでんですかっ。そんなことしたら川瀬さんが…………あれ? なんか川瀬さんがこっち向いて笑ってるけど、目のハイライトが行方不明だぞ……?

 

 

「とさか………くん? どーゆーことですか………?」

 

 

 なぜだろう、女の子のはずの川瀬さんの声がとても低く、重く感じる。そして川瀬さんが怖い。

 思わず本能的に、ぶるり、と身体を震わす。

 

 

「い、いや違う! 俺は頭を撫でろっていう、この人の謎の要望に答えてやってただけだから! それやらないとこの人、駄々こね出すから! 深夜に!」

 

「も〜天、そんな恥ずかしい話しないでよ〜」

 

 

 謎に照れ出す先生。なんで頭を撫でないと駄々をこねだすのだろうこの人? 意味が分からない。ホントに教師なのだろうか? 幼児の間違いではないだろうか?

 

 

「とにかくっ、変なことはしてないからっ」

 


 俺は強く否定する。先生の冗談で川瀬さんに失望されるなど、たまったもんじゃない。

 

 

「そうですか………では、十坂くんにお願いがあります」

 

「はっ、はいっ! なんなりと!」

 

 

 思わず反射で答えてしまう。

 しかし、川瀬さんは顔を俯けると、ぷるぷると震え出す。

 え……? まだ怒ってる……?

 

 

「…………わ……」

 

「……わ?」

 

 

 そして、ばっ、と顔を上げる川瀬さん。その顔は真っ赤で――。

 

 

「わ、私にもっ! 頭なでなでしてくださいっ!!」

 

「なんでっ!?」

 

 

 やっぱり俺には女の人の気持ちが分からなかった。

 

 ――そのあと、外がもう暗くなって来ていたので、香織さんが車で川瀬さんを送るついでに買い物もしてきて貰うことに。なでなでは明日へとお預けになった。

 

 とりあえず、香織さんが帰る前に晩飯を作るか。

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