第十一話 かわいいふうせん

 むすー。

 


「あ、あの〜………川瀬さん……?」

 

 

 むすー。

 

 

「お……おーい………」

 

 

 むすー。

 

 

「……………」

 

 

 むすーー。

 

 

 だ、ダメだ………、全然こっち向いてくんない………

 

 

 俺たちは今、一緒に学校から出て青時雨の方に向かっていた。俺の住んでいるアパートを川瀬さんに教えるためである。

 学校に出る前に川瀬さんと会ってしまったため、一旦別れるのも変か、と思ったのだ………が…………。

 

 

「……………」

 

 

 本当の理由は、何故か川瀬さんが離れてくれないのだ。ずっと、俺の腕に自分の腕を絡ませて。しかも、なにか柔らかい感触がある気がする…………が俺は自分の心に『違う』と言い聞かせる。

 

 そして頬には、かわいい風船が出来ていた。ぷくーっと膨れたそれに、どうしても指で突きたくなる欲求が掻き立てられる。

 

 

 むすーーー。

 

 

 ……しかし、どうしても突けないでいる理由は、何故か川瀬さんが不機嫌だからだ。俺と夢見咲さんを見たときからなのだが…………

 

 ………あ、もしかしてあれか? 友達が取られたとか思って拗ねてんのかな?

 

 チラリと川瀬さんを横目で観察してみると……心なしか、さっきより風船が大きい気がする。

 

 

「あの、川瀬さん……? さっきの夢見咲さんとのやつは、ただ向こうが一方的に絡んできただけだからね……? 俺は寧ろ困ってたところだったから、助けてくれてありがとう……」

 

 

 あの時の二人の睨み合い(?)の後は、川瀬さんが「十坂くんっ、帰りましょう……!」と言って、腕を絡ませた状態で引っ張って行ってくれたので、その場をなんとか退場できた。

 

 しかし、腕を組んでの下校は流石にヤバかった、もう、視線日光が。マジで干からびるかと思った。まぁ、そりゃ目立つよね、昼休みに高嶺の花と手を繋いで廊下走ってると思ったら、放課後は腕組んで帰ってるんだよ。周りからしたらビックリってもんじゃないと思う。なんなら所々から殺意の眼差しさえ感じた。

 

 ………はぁ、俺、月曜日生きて帰れるのかな…………?

 

 迫りくる月曜日に嘆息していると、隣から「私は……」と小さな声が聞こえてくる。

 

 

「ん? なに?」

 

「……私は、ただ………二人が仲良く話しているのが………なんかちょっと嫌だっただけです………(私の方が早かったのに……)」

 

「な、仲良かったかなぁ………ごめん、最後の方が聞こえなかった」

 

「な、なんでもないですっ……」

 

 

 またも、ぷいっ、と顔を向こうへ逸らされる。俺はそんな川瀬さんの行動に『?』を浮かべるしかなかった。

 

 とりあえず、やはり川瀬さんは友達を取られたと思っていたのだろう。まだ自分の中で頼れる存在が俺だけな状況では不安になるのかもしれない。しばらくは、あまり周りに関わらずに二人で接した方が………いや、状況的に厳しいか………?

 

 そんなこれからのことを考えながら歩を進めていると、いつの間にか青時雨についていた。

 

 

「まぁ、ここからあまり距離は無いけど、道が複雑で説明するのが難しいんだよね」

 

「そうだったんですね」

 

「うん…………あの、川瀬さん……」

 

「はい?」

 

「………ずっと、腕組んで行くの?」

 

「えっ……? っ!?」

 

 

 ばっ! とすぐに俺の腕から川瀬さんの腕が消え、ささっ、と少し距離をとられる。

 うん、そこまで大きく反応されるとこっちもビックリするし、ちょっとショックなんだけど、当然っちゃ当然の反応だよな。というか川瀬さん、無意識に俺の腕を取ってたのね、それはそれで複雑な気分だ。でも、大切にされているのであれば、それはとても嬉しい。

 

 

「あ、あははは………、まぁ、取り敢えず行こうか……」

 

「…………はぃ」

 

 

 耳まで真っ赤に染めた川瀬さんに、俺は空笑いするしかなかった。

 

 

 ☆★☆

 

 

「ここが俺の住んでるアパート」


「ここが十坂くんの………」

 

「うん」

 

 

 程なくして、俺たちは俺の住んでいるアパートに着く。俺の住んでいるアパートは少し、小高い所に建っていた。古くもなく、新しくもなく、と言った感じアパートで、のアパートだった。周りにもポツポツとアパートが何件かある。

 

 

「………どうせなら、お茶でも飲んでく?」

 

「え、いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 

 俺たちは階段を上り、三階にある一番端の扉の前に来る。ポケットから鍵を取り出して、ガチャリと俺が扉を開ける。

 

 

「お、おおお邪魔します………!」

 

「あはは、そんなに緊張しなくていいよ、誰もいないから」

 

 

 自分で言ってて、それは無理じゃないか……? と思ってしまう。というか男の家で「誰もいないから安心しろ」はなんかもうヤバいやつでしかない。だってしょうがないじゃん、女の子を家に招くなんてしたことないんだもん。

 

 

「あ、そうなんですか………もしかして、一人暮らし……ですか?」

 

「……うん、そうだよ」

 

「あれ? でもファミリー向けのアパートですよね?」

 

「あ、あぁ〜………空いてるとこがここしかなくてさ〜……っ!」

 

 

 俺は咄嗟に誤魔化す。他人に俺の家の事情など話すものじゃないだろう。聞くものじゃないし、聞いても楽しいものじゃない。川瀬さんには、楽な気持ちで俺に接して欲しかった。そして多分、俺もそれを望んでいた。

 俺は他人にはあまり言えない、ちょっとしたを抱えていた。

 

 

「そ、そうだったんですね……」

 

「う、うん……あっ、お茶出すよ、好きなとこに座ってて」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 とりあえず、キッチンに逃げ込む俺。キッチンの壁に、ゴンッ、と頭をぶつけてこれまでの自分の行動を恥じる。

 

 ………まじで何やってんだろ、俺……。

 

 今日という日は、とても長く感じた日だった。色々ありすぎて頭がパンクしそうだ。もう、何がなんだか分からない。今までこんなことがなかったから。学校で友達と昼食をとったり、クラスの人と会話したり……………

 これを人は『青春』と呼ぶのだろうか……?

 

 俺は一人、首を横に振る。

 

 いや、俺なんかが体験できるようなもんじゃないよな、『それ』は。取り敢えず、川瀬さんにお茶をだそう。

 

 俺は冷蔵庫から冷えたお茶を取り出し、グラスへと注ぐ。盆に二つのグラスをのせて川瀬さんの待つリビングへと向かった。

 

 

 ☆★☆

 

 

「そういえば、思ったのですけど」

 

「うん? どしたの?」

 

「十坂くんって、髪長いですよね」

 

「あ、あぁ、そういえば高校入学してから切りに行ってなかったな」

 

 

 俺たちはリビングでお茶を飲みながら少し他愛もない会話をしていると、川瀬さんが俺の髪の長さに目をつける。俺が自分の前髪を引っ張ってみると、なんと鼻の頭にまで髪が伸びる。

 

 

「うわ、なっげ。気づかなかったな………いや、本読むときチラチラ見えてたか………」

 

「あまり気にしてない感じなんですね」

 

「うん、髪切るくらいなら本にお金回すしね」

 

「うふふ、十坂くんらしいですね」

 

 

 川瀬さんが口を手で隠して微笑う。そんな仕草さえ、可愛らしい。思わず魅入ってしまうが、すぐ頭を振った。

 

 

「でも、流石に長いな。日曜日に切りに行こうかな」

 

「…………良かったら、私が切りましょうか?」

 

「えっ? 川瀬さん、髪切れるの?」

 

「は、はい、妹が小さい頃はよく私が切ってました」

 

「へぇ、そうなんだ………じゃあお願いしようかな………」

 

「わかりました! じゃあ明日、道具を揃えて持ってきますね!」

 

 

 まさか川瀬さんに切ってもらえることになるとは思わなかった。学校の男子たちに知られると恨まれるだろうが、これは俺だけの特権かもしれない。これでお金も浮くし、邪魔な髪ともオサラバ出来る。正直お金がヤバかったのでとても助かる。

 

 

「ありがとう、じゃあ明日は腕によりをかけて料理を振る舞わせてもらうよ」

 

「ほほほほ本当ですかっ!! 私っ、がんばりますっ……!!」

 

「あはは、勉強を忘れちゃだめだよ?」

 

「はぅっ!? ……が、がんばります………」

 

 

 テンションが上下する川瀬さんを見ながら、俺は頬を緩ませた。

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