第八話 白と黄色

 二人で教室を飛び出した後、俺たちは途中の自販機で各々飲み物を買い、体育館裏へと辿り着く。

 途中、各教室の前を通らないと行けなかったのだが、すべて通り過ぎてから、川瀬さんの手を繋ぎっぱなしだったことに気づき、慌てて手を離すと、何故か川瀬さんは、ムスッ、とした顔をしたが、何も言ってこなかった。……何だったのだろう?


 ……でも、少し場所を移動するってだけなのに、何故こんなに疲れるんだ………これから毎日こんな感じなのかなぁ……

 

 そんな不安が頭によぎる中、俺は前回鍵を落としていた場所に腰を落とす。

 

 

「とても心地よい場所ですね、風が少し気持ちいいです」

 

「……おっ、そうなんだよっ! ここの日当たり具合も絶妙でさ、本を読んでるととても気持ちが良くて、気に入ってるんだ」

 

 同じように隣に腰を落とした川瀬さんが、いい場所、と言ってくれた事に安心と誇らしさを覚え、つい自慢してしまう俺。自分の価値観を誰かに認めて貰うってのは、やはり嬉しい。

 

 

「ふふっ……、じゃあ今日から毎日、ここで一緒に食べませんか? 用事がある場合は別々と言うことになりますが……」

 

「俺は別に構わないよ。多分、用事もそうそう入ってくることないし」

 

 

 俺がそう答えると、嬉しそうに「やった……!」と小さくガッツポーズをとる川瀬さん。そんなに嬉しいもんかね、こんなのといて、と思いながらお弁当に手をかけ始める。

 

 俺が、ぱかっ、と弁当箱を開けると、隣から覗いていた川瀬さんが「わぁ……」と感嘆の息を零ぼす。

 

 

「お、お弁当っ、とても美味しそうですね……」

 

「……え? そうか? 残り物と朝パパッと作っただし巻き卵入れただけだぞ……?」

 

 

 俺の弁当の中身は、昨日の晩飯の残りであるチキン南蛮にキャベツの千切り、そして簡単に切ったトマトに朝作っただし巻き卵、白飯と言った感じの普通の弁当である。

 

 

「え……っ、も、もしかして十坂さんが作ったんですかっ………!?」

 

「え、そうだけど……?」

 

「凄いです……! 私は料理出来ないので、尊敬しますっ……!」

 

「お、おぅ……ありがとう……?」

 

 

 キラキラと瞳を輝かせるかのようにコチラを見つめてくる川瀬さん。

 そんな彼女の顔立ちを改めて眺めていると……やはり、彼女はとても可愛らしい女性だと頷ける。一度でも彼女に告白しようとする男子の気持ちも少しは分かるかもしれない。彼女はモデル並のスタイルに、可愛らしい顔をもった『花』であった。

 彼女も苦労したのだろうな、そう考えながら自分で作った弁当を食べ始める。うむ、チキン南蛮は昨日のやつだし、だし巻き卵は適当にパパッと作ったやつなので、普通の味である。おいしい。

 パクパクと自分の弁当を食べていると、隣から「わぁっ!?」と川瀬さんが驚いた声を上げる。

 

 

「? どうしたの?」

 

「……………」

 

 

 黙りこくって、少し青ざめた顔をする川瀬さんを不思議に思い、彼女の見つめている弁当へと視線を向けると――。

 

 

「………は?」

 

 

 ――そこにある彼女の弁当の中は、真っ白だった………どこまでも。

 

 

 ………いや初めてみたわ、弁当に白米だけ詰める人………というか、このご飯の量、明らかに多いだろ……

 

 

 真っ白な弁当箱を見て顔を引つらせる俺。そして、弁当を見つめまま固まっている川瀬さん。

 

 ………何があったんだ……?

 

 俺が反応に困っていると、川瀬さんはコチラを見て少し恥ずかしそうに、目線を斜め下に落とす。

 

 

「じ、実は……私の弁当は妹が作ってくれるのですが………昨日少し二人で喧嘩してしまって……多分、仕返しだと思います……」

 

 

 はぅ……、と明らかにテンションが下がる川瀬さん。

 川瀬さんでも喧嘩するんだなぁ、イメージないや……というか妹いたのか、少し見てみたいかも……。

 

 しかし、白飯だけで食べるというのは普通にキツいと思う。

 可哀想に感じた俺は、自分の弁当に箸を突っ込み、だし巻き卵を掴むと川瀬さんの方へそれを突き出す。

 

 

「なんというか……災難だったな………ほら、これ上げるから元気出せよ……」

 

 

 コチラを向き、突き出されただし巻き卵を見て再び目が輝き出す川瀬さん。なんだこの子、小動物っぽくてかわいいな。

 

 

「いいいい、いいんですかっ………!」

 

「こ、こんなので良ければどうぞ……」

 

 

 そんなに嬉しいのか……? あ、そうか白飯だけだから、それはわらにもすがる思いなのか。

 川瀬さんは嬉しそうに顔を綻ばせながら「じ、じゃあ、遠慮なく……」と言って――。

 

 

 ――ぱくっ、と俺の箸ごと口に含んだ。

 

 

 ………………え。

 

 

 川瀬さんのまさかの行動に呆気に取られて固まってしまう俺。

 彼女はそのままもしゃもしゃと口を動かし、暫くすると箸から口を離す。そして、幸せそうに両手で頬を押え、「ん〜〜っ!」と唸る。

 

 

「と、とってもおいしいです! どうやったらこんなに美味しくだし巻き卵作れるんですか……!」

 

 

 俺が呆然と自分の箸を見つめている中、全然そのことを気にしていない様子の川瀬さんが俺のだし巻き卵の調理法を聞いてくるが、それどころじゃなかった。

 

 

 …………これって間接キスだよな。しかも川瀬さん、かなりがっつりいったな………

 

 

 妙になまめかしい輝きを帯びた箸を見つめて「はぁ……」息をつく。

 

 …………これどうしようかな。

 

 まだ、俺の弁当の中身は残っている。がしかし、この箸を使って食べることに躊躇ためらってしまう。この輝きがとても恐ろしく、何故か魅力的にも感じてしまうのは仕方ないのだろうか……?

 

 

「…………十坂くんっ、聞いてますかっ」

 

 

 俺が心の中で密かにそんな葛藤かっとうと戦っていることを知らない川瀬さんは、少しムスッとした表情でコチラを見てくる。

 俺が彼女の方を向いて黙っていると「………? どうしたんですか?」と川瀬さんが首を傾げる。

 

 

 …………別にいっか。

 

 

 俺は弁当に向き直ると、だし巻き卵を箸で取って、口に入れる。

 彼女も気にしていないので、俺も気にしないことにした。変に意識したら、なんだかこちらが負けているみたいで、少し腹が立った。勿論、怒りの矛先は自分なのだが………

 

 

 もぐもぐ……うん、美味い。

 

 

 口に入れただし巻き卵を咀嚼そしゃくし、さらに白飯もかきこむ。噛めば噛むほど溢れるだし汁とほろほろと口の中で溶けていく卵が白飯ととても良くあう。本当はここに染め卸し(大根おろしに醤油をかけたもの)が欲しくなるところだが、朝っぱらから大根なんておろしたくないので、弁当には入っていない。

 

 

 ………次は久々に本気のだし巻き卵作って食べるか。

 

 

 そんなことを思っていると、隣から、じー、とこちらを………いや、弁当箱を見つめている川瀬さんに気づく。

 ……まだほしいのかな……?

 

 試しにだし巻き卵をもうひとつ箸で掴み、川瀬さんの方へ向けてみると、すぐにパクッ! と川瀬さんが食いついてくる。そのままもぐもぐ。

 

 そして、自分の弁当箱の白飯を小さくパクパクと食べ始める。

 

 

 …………なんだろう、凄くクセになりそうだな……

 

 

 今度はチキン南蛮を出してみると、またパクッ! と食いつく川瀬さん。そして、顔を綻ばせる。

 

 やべぇ、楽しいなこれ。

 

 しかし、川瀬さんの弁当箱を見ると、あまり白飯が減っていないことに気づく。少し手伝ってあげたほうがいいかな……?

 

 

「白飯、全部食べられる? 良かったら少し手伝おうか?」

 

「え、いいんですか……? では……」

 

 

 そして、川瀬さんが自分の箸で白飯を掴むと、手を添えてこちらへ出してくる…………え――。

 

 

 ――食いつけと?

 

 

「はい、あーん」

 

 

 いや、めちゃくちゃ自然に言ってるけど、これ普通どういう関係の人達がやるものか分かってんのかな川瀬さん。なんか心配になってきたぞ俺……。

 

 この妙な距離感、他の男達にもこんなことしてたら流石に勘違いすると思う。となると、中学の頃はこんな感じで男子と接触してたのかな。そりゃ告白が増える訳だよ。

 

 

 そんなことを考えるも、俺の口は箸へと向かっていく。身体は素直だな、まったく。

 

 

「あむっ」

 

「……っ」

 

 

 もぐもぐと白飯を咀嚼し、飲み込む。

 

 

「ありがとう川瀬さん、おいしいよ」

 

「い、いえ、こちらこそありがとうございますっ」

 


 そうやって、お互いに食べさえあい、弁当を空にする。

 いつもより長くなった昼食に、こういうのもいいな、と思ってしまう。

 そうして、弁当箱を片付けているとき、ふと思い出したことを口にする。

 

 

「………ん、そういや今日からテスト期間か……」

 

 

 俺がそう言うと、ビクッ! と隣で川瀬さんの肩が跳ねた気がした。

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