第七話 お昼の約束と先生
「え〜………、今日からテスト期間に入ります………。各自、しっかり勉強して試験に挑んでください……。部活動停止期間だからと言って遊びすぎてはダメですよ………?」
俺のクラスの担任を務める『七海(ななみ) 香織(かおる)』先生、通称『なーちゃん』の言葉に、クラスの雰囲気が浮き足立った状態となる。みんな高校に入学してから初の部活動停止期間となり、放課後をどう過ごそうかとワクワクしているのだろう。
きっと、『やっと高校生らしい青春が謳歌できる…!』なんて思っているに違いない。高校に入学したばかりの頃は誰だって考えているのだから。かく言う俺も、高校入学時はどんな陰の徹し方をして、人生一度きりの高校ライフを過ごそうかとワクワクしたものだ。
しかし、そんな俺の陰キャライフは昨日をもって閉店済み、今日からは少し違う、新しい日常となる。
――そう、今日は昼休みに川瀬さんとお昼を一緒にすることとなっている。
昨日はあの後、今日のお昼の約束をしてから少し他愛もない会話をして解散した。その際に、その日の体育のことを思い出されて、散々笑われてしまった………。でもまぁ、彼女がとても楽しそうだったので、「まぁ、いいか」と気にしないことにした。…………その時のじーさんのあのニヤニヤだけは許せないけどなっ……(怒)
「せんせー、声が小さくてよく聞こえませーん」
「こらこら……、いくらテスト期間が嫌だからと言って……、現実を見据えないのは良くないですよ……?」
「いや、せんせ、普通に聞こえない……」
俺が少し昨日のことを思い出していると、いつもの如く声の小さいなーちゃん先生をクラスメイトの誰かが指摘する。
先生は数学の教師であり、とても美人な先生でもあるがために、非常に人気なのだが、とても声が小さい。
それでいて、見た目がお姉さん、と言う感じなのでギャップが映えて、男子からは非常に人気がある。今日も今日とて、うちのクラスの男子は俺を除き、なーちゃん先生を『ああっ……! 我らが女神よ……っ!!』なんて言って、崇めるように見つめていた。
……うむ、彼らのことは『なー教信徒軍』とでも命名しようか。真実を知らない、哀れな軍団である。
しかし、テスト期間か………。いつも通り勉強してれば上の方には入り込めるかな……。邪魔が入らなければ、だけど………。
俺は教卓に立つ人物を、軽く睨みつけるように視線を投げる。すると、視線に気づいた彼女は、こちらを見据えると、にやりっ――、と俺にしか分からないような笑みを浮かべる。
あっ、これ今回俺テストやべぇかも……。
悪魔の様な笑みを浮かべた先生に、俺は深く「はぁ……」と溜め息をつくのだった。
☆★☆
昼休み。
授業も終わり、川瀬さんとの約束があるため、俺は自分の弁当を持って体育館裏へと向かおうと自分の席を立つ。
どこで食べようかと二人で話したとき、俺がいつもあそこで食べていることを告げると「じゃあ、あそこがいいですっ…!」と川瀬さんが言って聞かなくなったのだ。
俺としては、川瀬さんが嫌な目に遭った場所なので、もっと別の場所を探そうとしていたのだが………とりあえずは本人が気にしていないようなので、二つ返事で承諾した。というか、本人は「……一緒に……ごはん……っ!」と何故か興奮気味に囁いていたので、心配は杞憂だったようだ。
弁当を片手に持ち、教室の出口を目指そうと振り返って歩きだす。が、その出口に誰かがいることに気づく。
――川瀬さんである。
そして何故か俺のクラスを、ひょこっ、と覗いていた川瀬さんと目が合う。
………あれ、現地集合じゃなかったっけ……?
俺と目が合った川瀬さんは、ぱっ、と顔を輝かせると、トコトコと教室に入ってきて俺の方にやってくる。両手で、ぎゅっ、と弁当を持って。
勿論、周りからは「……えっ、川瀬さん……!?」「なんでうちのクラスに……えっ、十坂くん……?」「なっ、なんでっ……! 十坂っ、貴様ぁ……!」なんて興味を示す声や、男の奇声が上がり、注目を集めてしまう。
………まさか、初日から光に照らされてしまうとは………と言うかクラスの方、俺の名前覚えてたんですね……。
あまり慣れず、心地よくない視線を受けてしまっているが、俺も昨日覚悟を決めた身だ。
周りの視線を受け止めつつも、動じないように川瀬さんへ挨拶をする。
「やぁ、川瀬さん。……現地集合じゃなかったっけ……?」
「こ、こんにちは、十坂くん。……うん、現地集合だけど………」
何故か口籠らせる川瀬さん。
俺が頭に「?」マークを浮かべるかのように首をかしげていると、川瀬さんが苦笑して――。
「一緒にお昼ごはん食べるのが楽しみ過ぎて………来ちゃいました………」
えへへ……、と少し恥ずかしそうにそう言った。
俺は思わず、弁当を握っていない方の手で、口を覆い隠し、顔を逸らす。
…………やばいなこれ
何かよく分からないが、気恥ずかしい。
普段、女の人にそのような顔をされることがない俺としては、どう対処したらいいかが分からない。しかし、男としての本能が擽られ、妙に胸が高鳴るのを感じる。そして何故か顔がニヤけるのを止められない。
「…………? どうしたんですか?」
気づけば教室内が、しんっ、と静まり返る中、一人首をかしげる川瀬さん。本人は周りなど気にしていないのか、俺だけを見て「?」マークを浮かべているようだった。
俺はなんとかニヤける顔を直し、「あ……あぁ、ごめん……」と返す。
「なんでもないよっ、それよりも早く行こう……! 折角の時間がなくなっちゃうから……!」
「あっ……! そうですね、いきましょう……!」
というか、昼休みは始まったばかりなので時間はたっぷりとあるのだが、この場をすぐ離れたい俺はあまり頭が回らず、適当なことを言ってしまう………が、何故か川瀬さんは俺の言葉に焦りを覚え、「早くいきましょう……!」と俺の手を引っ張ってくる。
めっちゃ元気だなこの子!
俺は川瀬さんのされるがままに引っ張られ、そのまま二人で体育館裏へ向かおうとすると――「……十坂くん」と後ろから呼び止められる。
教室内が静まり返っていたがために、今回はしっかりと聞き取れたその声に、ビクッ! と俺は肩を震わす。
「………放課後、私のところへ来るように」
聞き慣れたその声を発した本人へと、恐る恐る振り返り……
未だ教卓に立っていたその人物に目を向ける――。
そこにいたのは、まるで新しい玩具を見つけた子供の様な目で(俺にしか分からない)こちらを見る、なーちゃん先生その人であった……!
………いや、あんたまだおったんかい……!
何やら鼻息を荒くしてこちらを見てくる先生(俺にしか分からない)。
うん、やばいかなりやばい。
とっとと逃げなきゃ!
「川瀬さん、行こう!」
「ぇ………う、うん……」
今度は俺から手を引っ張り、二人で教室を飛び出す。
二人が出ていった教室では、ポカン……、と固まっている生徒たちと、「ふふふふふふ……」と小声で不気味に笑う先生だけが残っていた。
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