第六話 友達

「……それで、川瀬さんは他に友達とかいないの? ……実は図書室でたまに川瀬さんのこと見かけるけど、いつも一人でいたから、少し気になって」

 

 

 じーさんのまさかの裏切りから立ち直った俺は、前々から気になっていたことをストレートに川瀬さんに聞くことにした。

 

 俺が決断するには、少なくとも彼女の状況を知る必要があった。今の段階ではまだ迷ってしまう。曖昧な感じで終わらせてしまうのは一番良くないと思ったからだ。

 

 川瀬さんは少し目を伏せて、「実は……」と切り出す。

 

 

「私……学校に友達がいない……というか、私から関わろうとしていないんです………中学二年生の時に、男の子達から沢山アプローチや告白されてた私は、女の子達に目の敵にされてしまって、その頃いた友達も少しづつ離れていってしまったんです。日が過ぎるに連れ、女の子達から嫌がらせなんかもされて………少しづつ私は壊れて行ったと思います」

 

「……………っ」

 

 

 想像以上の出来事に俺は顔を歪ませる。

 

 川瀬さんは「あの頃は……毎晩泣いていましたね……」と言って、顔を上げて苦笑する。俺はその顔があまりにも悲痛に感じられて、つい目を逸らしてしまう。

 

 

「高校に入ってからまた頑張ろうっ、て決めてスタートを切ったつもりだったんですが………なんだか同じ事が繰り返されそうな気がして、怖くなったんです。だから、周りから距離を置くために最近は昼休みになると図書室に駆け込んでいます、まぁ、それでも男の人からの告白は絶えませんけどね」

 

 

 話し終えた川瀬さんは、カフェラテを飲もうと、カップに手をつけようとするが――、手が震えてしまっている。結局、カップを持つことが出来ずに、断念する。

「はぁ………」と溜め息をつき、再び顔を俯かせてしまった。

 

 

「やっぱり………私ってなにやっても、ダメですね………勉強は出来ないし、友達も離れて行ってしまうし………もう、何をやったら楽しかったとかも、分からないんです……。毎日が色褪せてしまっていて、私の日常はホントにつまらなくて………でも………」

 

 

 そして、顔を上げてこちらを少し涙で濡れた………しかし、強い目で見てくる。それはまるで覚悟を決めた人の目。

 

 

「そんな、壊れていた私の前に……貴方が来てくれた、だからっ……私は、逃げてばかりじゃなくて、少し立ち上がって、私から望んでみようっ、て決めてっ………だから!」

 

 

 すぅ……と川瀬さんが息を吸い込む。そして……。

 

 

「私と………『友達』になって下さいっ………!!」

 

「………っ!」

 

 

 そう言って、俺に頭を下げてきた。川瀬さんの身体はとても震えている。

 

 俺は……何を悩んでいたんだろう……。数秒前の俺を殴ってやりたい。なんで女の子を泣かせているんだ俺は。

 

 それでも………男かよっ………!

 

 彼女は覚悟を決めて、俺に『友達になってほしい』と頼んできたのだ、ならば俺も覚悟を決めなければならないだろう。

 息を吸い込んで、彼女の名前を口にする。

 

 

「川瀬さん………」

 

 

 俺が名前を呼ぶと、ビクッ、と川瀬さんが身体を強張らせる、が顔を上げる様子はない。彼女の顔の影が指すテーブルの上には、彼女の瞳から零れ落ちたであろう大きな雫が煌(きら)めいていた。

 

 それを見た俺は――、自分の覚悟を口にする。

 

 

「――友達になろう、川瀬さん。こんな俺で良かったら。君の色褪せた世界、俺が絵の具を垂らしてやるから、二人で色づけていこう」

 

「……っ!」

 

 

 川瀬さんが、バッ!、っと顔を上げ、口元を両手で覆い隠す。するとすぐにまた、両眼からポロポロと涙が溢れ出てくる。

 

 

「……ほ、本当……ですか……?」

 

「なんで嘘をつかなくちゃいけないんだよ………俺は、川瀬さんの力になりたい」

 

 

 そう言ってニカッ、と彼女に笑いかける。そうすると「うっ……!」と彼女が唸って、また目を逸らされ………。やっぱ、暫く笑顔は自粛したほうが良さそうだな………。

 

 再び落ち込む俺と、目を逸らし、涙を拭う川瀬さんを見ていたじーさん(何故かずっといた)が、がははっ!、と笑って「青春しとるのぉ……! ちょっと待っとれぇ!」と言うと、厨房の方へと戻っていった。暫くすると、じーさんが盆に二つのケーキをのせて戻ってくる。

 

 

「ほれ! これはワシの奢りじゃ! 遠慮なく食べてくれ! 二人にはこれから世話になりそうじゃからのぅ!」

 

「「あ、ありがとうございます…」」

 

 

 二人で受け取ったケーキを、お互い無言でぱくぱく。ちなみにショートケーキ。久々にケーキなんて食べた気がする、が………こんなに甘い物だっただろうか………?

 

 チラリと川瀬さんの様子を窺うべく、視線を投げてみると、こちらを見ていたらしい川瀬さんと視線がぶつかる。お互いに視線を合わせ続けていると、ぷっ、と二人で笑い合う。なんだか無性に可笑しくなったのだ。

 

 

「あはははっ! ……これから色々と騒がしい毎日になりそうだ」

 

 

 俺が苦笑を零しながらそう言うと「ふふふっ…」と笑っていた川瀬さんが嬉しそうな表情ではにかんでくる。

 

 

「これから毎日が少し楽しみになって来ました……迷惑をかけるかも知れませんが、よろしくお願いします……」

 

「うん、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 お互いに頭を下げ合って、上げた顔を合わせて再び笑い合った。

 


 ――さて、ようやく始まった俺と彼女の物語。勿論、『陰』と『陽』が一緒にいることを周りの人間がほっとくはずもなく、二人の関係を揺るがすこととなる。そしてそれを、オレは知る由もなかった。

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