第五話 お願い

――カランコローン

 

 放課後。

 俺は、川瀬さんと交わした約束を果たすため、『青時雨』へとやってきていた。

 先日通りかかった店の扉を開けると、来客を知らせるであろうベルが、俺を出迎える。そして、目に飛び込んできた店内の雰囲気に、思わず「ほぅ……」と息を零した。

 

 そこには異世界が広がっているかのようだった。

 アンティークな雰囲気を漂わせる店内は、まさに隠れ家というイメージがぴったりであろう。木材を主とした造りに、ほのかな明かりが零れ落ちていて、心が落ち着く。そして何より、ちょっとした好奇心もあった。一度こういう雰囲気のお店で、コーヒーを飲みながら本を読んでみたかったのだ。


 店内の雰囲気に目を奪われていると、店の奥からじーさんが姿をあらわす。

 


「おぉ、ソラのにぃちゃんか! いらっしゃい!」

 

「昇さん、こんにちは、もう一人呼んでるんですけど良いですか?」


「おぉ! そうか! あとから来るのか?」

 

「はい、なので先に頼んでいいですか?」

 

「もちろんじゃ!」

 

 

 俺は、じーさんにメニューを見せてもらい、カフェラテを頼んで適当な席に付き、カバンから文庫本を取り出す。

 

 

 やはり、雰囲気に乗って読む本は格別だろう、しかもそこにカフェラテがあれば、もう言うことはあるまい。

 やばいな、常連になってしまいそうだ。なんで今まで気づかなかったんだ俺。これは昇さんに悪いことをしたかもしれない。

 

 

 心の中でじーさんに謝ると、俺は本の世界へと、旅立つ。

 俺が読み進めているせかいは異世界バトル系、主人公が底辺から這い上がる感じのもの。

 俺は基本的になんでも読む、いわゆる乱読家だ。タイトルやあらすじ、表紙の絵で惹かれたりしたものは手にとって読んでしまうタイプ………というのは当たり前か。

 まぁ、読むのがラノベだけでなく、海外小説なんかも読む、最近は読んでないけど………。

 とりあえず、世界を読んでいくことに。

 

 

 ………。

 

 ……………。

 

 

 …………おっ、いよいよ締めに差し掛かってきたな……、主人公よ、君はどう動くんだい……!

 

 

 世界の流れに身を任せていると(本を読み進めていると)遂に、物語が終盤へと突入する。異世界バトル系では最高潮に盛り上がる、大事な場面。

 想像するだけでも身体中をアドレナリンが駆け巡る。この感覚がたまらない。

 多分、他の読書家も、またこの感覚を味わうために、良い本を探し求め、手当たり次第に、世界に旅立っている(本を読んでいる)のだと思う。そして、良い本に出会えた時、身体にアドレナリンが駆け巡る。それの繰り返し、麻薬の様なもの……(天の偏見)。

 

 

 ――そして、もうすぐそれが味わえる。

 

 

 俺は一度、いつの間にか用意されていたカフェラテで喉を潤し、最終章へと旅立つために深呼吸をして心を落ち着かせ、「……よしっ」と決意を固めると、アドレナリンを求めて(?)ページをめくっ……―――。

 

 

「……何が、よしっ、なんですか?」


「おわぁぁぁっ!?」

 

 

 ――……ろうとしたとこで、いきなり俺の顔を覗き込むようにして話しかけてきた川瀬さんに驚き、変な声を上げてしまう。

 環境が整っていたがために、極限状態まで集中………いわゆる、ゾーンに入っていたので、反動で、驚いた後に状況を理解出来ず、数秒間固まってしまった。

 

 

「…………あのっ、……そんなに見つめられると………はずかしいのですけど………」

 

 

 固まったまま、川瀬さんを見つめていると、顔を逸らされる。

 

 

「…………あ、あぁ……川瀬さんか………びっくりしたぁ………」

 

「あっ………ごめんなさい! もしかして、いいところでしたか?」

 

「いや、ギリギリ大丈夫。寧ろ声をかけてくれてありがとう」

 

 にかっ、と笑いかけると、「うっ……!?」っと言って、川瀬さんが再び顔を逸らす。

 

 …………そんなにキモかった? しばらく俺、笑わない方がいいかな……? 笑顔自粛期間突入か……?


 ささっ、と俺の向かい側に座る川瀬さん。

 顔を逸らされて、少しショックだったものの、顔には出さずに、「そっ、それよりっ」と先を促す。少し上擦ってしまったことに関しては目を瞑ってほしい。

 

 

「飲み物はもう頼んだ?」

 

「はい、お店に入ったときにオーナーの方からメニューを見せもらったので、そのときに頼みました」

 

 

 川瀬さんの言葉に周りを見渡すと、僕ら以外のお客さんが見えないことに気づく。

 なるほど、じーさん暇なのか…………いや、それよりも……

 

「なんでまた直接会ってなんて………ホント、気持ちだけで嬉しいからさ……あまりこう言うのはナシにしよう」

 

 お互いのためにも、とそう付け足すと、川瀬さんは「え……っ」と驚いたような、悲しそうな顔をした。

 

 突然そんな顔をした川瀬さんに、俺も驚く、なんでそんな悲しそうな顔をするのだろう?

 

 お互いのためにも。

 そう言ったのは、もし僕らのこの関係が誰かに見られてしまったら、それはもう炎の如く学校中に広まってしまうから。

 それはどちらとしても、嬉しいことではないと思う。実際に俺は、穏やかな日々を過ごしたい。

 そう思ってのことだったのだが………。

 

 

「………私は、十坂くんなら……私のことを分かってくれる………そう思って今日、会う約束をさせて頂きました……勿論、お礼が一番ですが……」

 

「川瀬さんの、ことを…………?」

 

「はい………十坂くんは、『有名人の私』と関わりたくない、と言いましたよね……?」

 

「う、うん……」

 

「………じゃあ、『本当の私』が、助けを求めたら………十坂くんは、私を助けてくれますか……?」

 

「………え」

 

 

 どういうことだろう?

 

 『有名人の川瀬さん』と『本当の川瀬さん』

 

 

 …………………。

 

 ………………………もしかして彼女は。

 

 

 

「………もしかして、なんだけど……川瀬さんって……勉強が苦手だったり、料理が出来なかったり………意外と寂しがり屋さんだったりする?」

 

「うっ………!? なんでそんなピンポイントでわかったんですか!?」

 

 

 いや、少し考えたのだけどこうとしか思えない。

 『有名人の私』が嫌い、もしくは違うのだとすると『本当の私』は『有名人の私』とはかけ離れていて、他人が勝手に求めている『川瀬さん』のせいで、川瀬さんの今の姿がすべてになってしまう。つまり、噂がすべて川瀬さんをそのまま表している、ということになる。

 

 しかし、『本当の川瀬さん』はそんな人間ではない、そうなると彼女は日々の学校生活で少しづつ、ストレスを抱えなくてはならなくなっているのかもしれない。

 

 学校なんて『空気を読む場所』でしかないのだから。

 

 うーん、伝わるだろうか……?

 

 ………まぁ、ざっくりまとめると。

 

 

「川瀬さんは、俺と友達になりたいと………?」

 

「………うん」

 

 

 ……………今の状態の彼女が求めるのは、心を落ち着かせることの出来るオアシス。安息地。

 

 そこで目をつけたのが、昨日たまたま現れた俺で、俺が『有名人とは関わりたくない』と言ったから、もしかしたら、と思ったのだろう。

 

 

「………そっか」

 

「………………」

 

 

 川瀬さんは押し黙ったまま、ぐっ、と目を瞑り、下を向いていた。

 そんな川瀬さんを見た俺は、はぁ、と息をつき、カフェラテを喉に流し込む。

 

 さて、どうしたものか………

 

 川瀬さんの気持ちには応えたいが、それをすると俺の平和な日常が崩れてしまう恐れがある。それは俺としては、なるべく避けたかった。それは川瀬さんも分かっているから、少し怯えているのだろう。

 

 自分の噂が立ってしまう学校生活なんて、陰キャにはとても荷が重い。ただでさえ、空気を読んで、陽キャ様の邪魔にならない様に陰に徹しているのに、噂が立てば、陰から出されるのも同じこと。陽キャ様の光に照らされて干からびてしまう。あの空気には一生ついて行けないと強く思う。

 しかし、だからと言って困っている女の子を見捨てるほど男は廃っていない訳で――。

 

 ……………どうしたものか。

 

 心の中で唸っていると、店の奥からじーさんが盆にコーヒーカップをのせ、俺達の前へとやってくる。

 

 

「ほい、ご注文のかふぇらてじゃ!」

 

「あ、ありがとうございますっ………」

 

 

 コトッ、とカップをテーブルに置いたじーさんに川瀬さんがハッ、と顔を上げ、ペコペコと頭を下げる、そんな二人のやりとりを見ていると、じーさんがこちらを向いてニヤニヤしてくる。うむ、絶対からかってくるやつだ。

 

 

「まさか、誘った次の日に早速こんな別嬪べっぴんさんの彼女を連れてくるたぁ………ソラのにぃちゃんも隅に置けねぇなぁ!」

 

 

 がはは、と笑いながら盆を横に抱えながら、俺の肩をバンバンと叩いてくるじーさん。

 やめて、肩痛いから。

 

 すると「か、かの………っ!?」と言って川瀬さんが顔を林檎の様に赤く染めてぷるぷると震えだす。

 や、やばいって………じーさんが変なこと言うから川瀬さん怒ってるよ………

 

 俺はすぐさまフォローに入るべく、口を開く。

 

 

「いや、彼女じゃないですから。それに俺じゃあ彼女に釣り合わないの、見て分かりますよね……? そもそも、俺なんかに彼女が出来るわけがありません」

 

 

 俺がそう完璧な(自虐)フォローを入れてから、チラッと川瀬さんの方を見ると………今度はなぜか頬を膨らませて、ムスッとした表情でこちらを見ていた…………なんで?

 

 じーさんはまた、がはは! と笑うと、俺の肩を叩いていた手をスッと俺の肩に置き、反対の手の握り拳から親指をたてるとニカッと笑う――。

 

 

「それな!」

 

「おいてめじじい、少しくらい気ぃ使えよ!!」

 

 

 こちとらそっちが蒔いた怒りの種を回収するために自虐の掃除機ネタで回収しようとしていたのに、何やってくれとんじゃ! 正論ネタがブーメラン化して深く心に突き刺ったわ! 俺の投げたブーメラン(正論)無視しないで! というかじーさん『スマートフォン』のこと分かってないくせになんで『それな!』がわかんだよおかしいだろ!

 

 じーさんのまさかの発言に、俺の心は儚く散っていった。

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