第四話 視線

ピピピピッ―――ピピピピッ―――。


「………ぅ………ん」

 

 望んでない朝の訪れに、規則的な電子音が『起きろ』と急かす。間違いなく嫌いな音ランキング上位に食い込んでくるであろうアラームの音をスマホの画面をスライドさせることで止める、朝は陰キャの敵である。

 

 俺はもう一度布団に潜り込み、眠りにつく。

 

 ――五分後。

ピピピピッ―――ピピピピッ―――。

 

 

 再び鳴り始めたアラームをもう一度止め、今度こそ起き上がる。二重アラームは二度寝を許される奥義、おそらく多くの陰キャの方々がお世話になっていることだろう。一回のアラームで起きるときより、かなり気持ちが楽である。

 

 

「ふぁ………ぁ、………ねっむ………」

 

 

 大きく欠伸をし、ベッドから降りる。洗面台に行き、バシャバシャと顔を洗ってから、キッチンへ。

 昨日の夜に残しておいたご飯を善そおい、インスタントの味噌汁を入れる。簡単な朝食をパパっと食べ終わり、部屋に戻って制服に着替える。

 

 そういえば、今日は体育があったな……ジャージ洗ってあったっけ……?

 カゴを漁り、ジャージを引っ張り出す。良かった、ちゃんと乾燥機にかけてた。


 ジャージをカバンに詰め、アパートを出る。

 学校に向かう道を歩きながら、空を見上げると、太陽が顔を覗かせていた。

 今日は午前中は晴れているらしいが、午後から雨が降るらしい、体育は午前なので、今日は久しぶりに外かな。

 

 うちの学校の体育は選択授業制で、好きなスポーツを選ぶことができる。勿論、体力測定のときには全員でやったりするが、それ以外はほぼ自由だ。陰キャである俺にはありがたい。今日は外で一人でリフティングでもしようか、実技テストあるらしいし。


 そんな事を考えながら、俺はスマホを取りだし、小説を読みながら、学校へと向かった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 体育の時間となり、ジャージに着替えてグラウンドに向かうと、もう既に先に来た者は準備体操をしていたり、数人でボールと戯れたりしている。

 妙に人数が多いのは、隣のクラスと合同だからだ。

 

 未だにクラスメイトの名前を覚えられていないでいる俺にとっては、気が遠くなりそうな人数に、毎回舌を巻く。

 変に絡まれるのは嫌なので、さっさと準備体操をして、影の方でサッカーボールでリフティングをすることにする。

 

 選択授業の評価のしかたは、たまに教師が生徒を数人集め、各スポーツの技術を見て評価するという感じ。例えば、サッカーならば、一分間のリフティングの回数と、ゴール半分へのシュートの成功回数などと言った感じである。

 

 つまり、俺は黙々とリフティングの練習をしている優等生となる。

 

 …………………言ってて悲しくなる、なんてことはないよ? 好きでやってんだからね? いや、ほんとほんと。

 

 とんっ、とんっ、とリズミカルにボールを跳ねさせる。きっちり両足で、交互に。

 ――さて、今回は何分(・・)耐えられるかな……?

 

 

 ――とんっ、とんっ、とんっ、とんっ……

 

 

 ………ん?

 

 もはや数えるのがだるくなってきた頃、ふと、違和感を覚える。

 ……誰かに見られている気がする。

 

 リフティングをしながら、視線を感じた方へ目を向けると、そちらでは女子が軽く、サッカーボールで遊んでいるのが見えた。

 男女別で行われる体育、グラウンドの半分は女子が使っており、あまりやる気のなさそうな感じで数人がサッカーボールを蹴って遊んでいた。

 しかし、俺が視線を感じたのはそっちの方ではなく、少し離れたところ。

 グラウンド端のフェンスのところに視線向けると、一人の女子と目が合う。

 

 ――川瀬さんだった。

 

 彼女は俺と目が合うと、少し驚いた顔をしたが、すぐに花が咲いたように顔を綻ばせた。

 

 ――うわっ………見るんじゃなかった………

 

 そう思った。

 彼女のその顔は、恐らく無自覚で、不注意だろう。とても可愛らしい女の子の笑顔だった。『高嶺の花』なんて噂されているが、確かにその言葉通り、彼女自身が花なのだと思ってしまう。

 

 周りで川瀬さんを見ていたであろう男たちも、彼女の笑顔に見惚れていた。俺はすぐにふいっ、とそっぽを向く。

 俺も男である。あんな顔をずっと見ていたら心臓に悪い。自分の顔が少し、赤くなっているのが分かる。

 

 はぁ…、と息をつき、いつの間にか落ちていたボールを見つめながら、少し気になったことを考える。

 

 それは、俺と目が合うまでの彼女の顔が、少し、暗く見えたことだ。

 

 俺は川瀬さんに、他の人とは違う『高嶺の花』というイメージをに持っている……

 

 

 それは、彼女は孤立した、『寂しそうな花』というものだった。

 


 彼女が『川瀬 詩』だと分かったのはつい先日だが、彼女のことは学校生活の中で何回か見かけていた。

 俺はたまに図書室に行くのだが、俺が行くときは、彼女はいつもいた。少し寂しそうに、一人で。

 

 ちらり、と再び川瀬さんの方を見る。彼女は、そっぽを向いた俺が可笑しかったのか、口元を手で隠し、笑っていた。

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